元奴隷の悪役令嬢は完璧お兄様に溺愛される

――雨の日に見つけたから、君はレインというんだよ――……。

そう言って、優しく頭を撫でてくださった、あのあたたかい手を覚えている。
昔のレインはいつもおなかをすかせていた。そもそもレインはレインという名前でもなく、ただ名無しと呼ばれる存在だった。

名無し――レインは、ぼろぼろの、擦り切れた麻袋で作った服を着ていた。泥で汚れている顔は、レインの飼い主である領主、その娘の手によるものだ。

レインは、領主一家の奴隷であったが、物のように扱われたことはほとんどなかった。
物扱いならまだましだった。レインは、領主一家の憂さ晴らしの道具で、そこにあるだけでいとわしいなにかだった。

この邸に奴隷はレインしかおらず、だからなのか、レインは使用人たちからも苛立ちのはけ口として扱われていた。今日はお嬢様に、雨の中、沼の中に人形を落としたと言って探させられた。お嬢様が一人でこんなところに人形を持ってくるわけがない。嘘だというのは明らかなことだったが、断ることは許されない。
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