誰も知らないもうひとつのシンデレラストーリー
「山城くん、帰らないの?」


驚きを隠すように、そんな言葉を繕うと、彼は私を見上げ少しだけ口角を上げた。

少し挑戦的な目線に意地悪に上がる口もと。

その表情は、私をドキドキさせるのには十分で、私はまた視線を泳がせる。


「皇輝。」

「え」

「皇輝でいい。皆そう呼ぶから。」


有無を言わさない笑顔に、私はゆっくり頷いた。

皇輝は満足そうに微笑んで、しばらくそこに座っていた。


不思議と落ち着くけれど、どこか落ち着かない。

初めての胸のざわめきに戸惑いながら、私は中庭の水やりを続けた。


その間も彼は、涼しそうに風を感じながら花壇の花と対話していた。


水やりを終え、ずっと同じ場所で座っていた皇輝に声を掛ける。

皇輝は、未だ優しく花壇を眺めていて、そよ風で少しだけ髪が揺れるその姿は、やっぱり綺麗で様になっていた。


「こ、皇輝…?私、帰るから。」


少し緊張しながら名前を口にする。

皇輝は一瞬驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。


「おう!」


結局彼は、何をしに来たのかは分からなかった。

だけど、そう言って、立ち上がった彼に小さく会釈を返し、私は荷物を取りに一度校舎に向かうことにした。
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