The previous night of the world revolution~F.D.~
「…」

俺は何も言わず、無言で姉の顔を見つめた。

まともに姉の顔を見るのは、いつ以来だろうか。

俺の記憶にある姉は、いつだって優しく、厳しく…。

…そして、俺が本当に不幸のどん底に叩き落された時、手を差し伸べてくれなかった。

今でも思う。

もしあの時、俺が辛くて苦しくて堪らなかった時。

この人が俺に、手を差し伸べてくれていれば。

せめて、ほんの少しでも優しい言葉をかけてくれていれば。

…俺は今でも、日の当たる場所で…表の世界で…生きていられたのかもしれない、と。

…考えても仕方ないですけどね。

この人は俺が本当に救いを求めている時に、何もしてくれなかった。

事実はそれだけだ。

俺の傷を癒やし、支え、再び立ち上がる気力をくれたのは、深く暗い闇の引力だった。

断じて、目の前にいるこの女ではない。

「帝国騎士団副団長様が、何でこんなところにいるんです」

王宮で仕事してろよ。何勝手に里帰りしてるんだ。

「…それは…。…カミーリア家から、お前をウィスタリア家に戻すよう頼まれて…」

「…」

「私が了承したんだ。お前が本当に戻ってくるのかと…。確かめる為に、無理を言って休暇をもらって、家に帰ってきたんだ」

…あっそ。

そんなことだろうと思ってましたよ。

いくら、同じ上級貴族のカミーリア家に要請されたからって。

頭の固いウィスタリア家の連中が、そう簡単に俺を貴族に戻すことを了承するはずがない。

さっきのルファディオの態度を見ただろう?あれが良い例だ。

それなのに、あまりにもあっさりウィスタリア家に戻れることになったのは。

この女の…ルシェの鶴の一声だった訳だ。

実質、ウィスタリア家の当主であるルシェが賛成したから、こんなにもあっさり、俺はこの家に戻ってくることが出来た…。

…だからって、感謝する気はこれっぽっちもありませんけどね。

この女がかつて、俺にしたことを思えば…このくらい当然だ。

「…この部屋、そのまま残ってるのは、あなたの指示ですか」

「…あぁ、そうだ」

でしょうね。

そんなことだろうと思った。

ルファディオ辺りは、こんな部屋さっさと改装して、俺の持ち物なんて全部捨ててしまえ、と言うだろうから。

それを止め、未練がましくこの部屋をそのまま残すよう命じたのは、この女だ。

…本当に未練がましいですね。

「お前が…いつ帰ってきても良いように、と…。お前の居場所を守る為に…」

…だってさ。聞きました?

ルルシーが聞いてたら、間違いなく大激怒だったでしょうね。

どの口で、それを言うのか。

「俺の居場所は『青薔薇連合会』ですよ」

「でも、こうして戻ってきたじゃないか」

頭の中お花畑か?

「馬鹿なんですか?俺が心変わりして、裏社会から足を洗って、ウィスタリア家に戻って真っ当に生きることを選んだとでも?」

もし本気でそう思ってるのだとしたら、この女はとんでもないアホだ。

肝心な時に助けてくれなかった一族を、今更、家族と呼ぶとでも思ったのか。
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