それから特に会話を交わすこともなく、やってきた電車に乗った。
海に行く人は車が多いのだろうか。
電車はそこまで混んでいなかった。

空いていた席に座ると、桔梗がぴったりとくっついて座ってきた。
桔梗の隣も人はいないからこっちに寄ってくる必要はないのに、やたらと私の方に寄ってくる。

「ちょっと、恥ずかしいから」

小声で桔梗に言うと、桔梗はにやりと笑って言った。

「いいだろ。少しくらいカップルっぽいことしようぜ」

何よそれ、と思っても口には出さなかった。

「どうせそう言って私にくっつきたいだけなんでしょう?」

ふざけたつもりだったのに、図星だったのか桔梗は顔を真っ赤にする。
自分で言ってしまったことにまた私も恥ずかしくなってしまった。

別にくっつかれるのは嫌ではないから、体重をかけられたまま本を開いた。
この間書店に寄ったとき、表紙に一目惚れした本。
綺麗な景色を思い浮かべるような表現がおしゃれですごく気に入っている。
書店ではレジの近くに置かれていたから、それなりに人気の本なのだろう。

「それ、知ってる」

少し周りに気を遣って小声で教えてくれた桔梗。

「それ最後、結局再会しないで終わるよ」

これがいわゆるネタバレ……。
まだ最後まで読んでいなかったのに。

「桔梗は意地悪だなあ」

そこまで怒っていなかったけど、頬を膨らませて可愛く怒っているふりをした。
ふざけたのに、桔梗からはまた意外な反応だった。

「可愛い」

そんなこと恥ずかしげもなく言わないでよ、と思ったが、世の中のカップルはみんな頻繁に愛を伝え合っている。
桔梗の性格もあって、まだ付き合っているという実感は全く湧かない。
付き合うと決めただけで、特に関わり方に変化もない。

いや、たぶん今の状態は付き合っているとは言えないだろう。
せっかくお互いの気持ちがはっきりしたのに、また曖昧になってしまった。

でも、どんな状態でも桔梗の隣に私がいることに変わりはない。
それならなんでもいいや、と心の中で割り切って、思わず笑ってしまった。
いつのまに、ここまで私は桔梗のことが好きになったんだ。
< 118 / 122 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop