【小説版】セーラー服を脱ぐ前に〜脅迫されて 溺愛されて〜
「そもそも、この方はどこのどなたなんですか?」
私は矛先を私の旦那サマ候補へと向ける。
私が手のひらを差し向けると、彼は目を細めて柔和に微笑む。
「橘法律事務所の本田真紘と申します」
「顧問弁護士の橘先生は公子も知っているだろう。あそこの若手ホープだ。公子の年にはもう弁護士資格を持っていた天才だぞ!」
朗らかに笑うおじいさまに、本田さんも笑い返す。
「いえいえ、僕なんて法律オタクなだけですよ」
高校三年生で弁護士資格……大学院卒業後に受験する人が多い中、それが本当なら確かに凄い。最年少記録だったじゃないだろうか。謙遜するような経歴じゃない。
おじい様もそんな本田さんの頭脳に惚れて、私の相手に選んだんだろう。
「ちなみに、今はおいくつでいらっしゃるんですか……?」
いくら弁護士資格を取得したからと言って、高校卒業後すぐに弁護士として働き始めるということはないだろう。あまり人を見る目に自信はないけど、本田さんはとても同世代には見えない。
「一回りは離れてないぞ」
おじい様は笑顔を崩さずに言うけれど、それってつまり一回り近く離れているってことだ。
「今年で二十七歳になります」
私は今年で十八歳になります。
一回りを十二歳と見るか十歳と見るか意見が分かれるところではあるけれど、やっぱり一回り近く離れていることに違いはなかった。
弁護士としては若い方なんだとは思うけれど、女子高生と並ぶには年上過ぎる気がした。
信用問題とかにもならないんだろうか。
ぼかそうとするおじい様に対して正直に年齢を告げてくれた本田さんの方が好感ではあったけれど、アラサーのおじさんであることに変わりはない。
「本田真紘さん、とても優秀な弁護士さんでいらっしゃるのですね。私にはもったいない方ですので、お断りさせていただきます」
お見合いの常套句そのままに、私は本田さんに深々と頭を下げる。
「もったいなくないぞ! 公子。難関大学に合格したんだ、十分釣り合う」
私のオブラートを無視するおじいさまに、深いため息が出る。はっきりと結婚する気はないと言おうと口を開きかけた瞬間、おじい様が笑顔を収めて悲し気な表情を見せた。
「そうだ公子。大学の入学金のことなんだが……」
言葉が喉につまり、細い息の音だけが私の口から漏れる。
「社長」
なにかを咎めるような本田さんの声に、おじい様はわかっているという風に頷いて言葉を続けた。
「年のせいかの、近頃物忘れが激しくてな……」
全身の血が沸騰するようだった。
姿勢を正し、真っ直ぐにおじい様を見つめる。
「脅迫する気ですか?」
私の夢。私の生きる目標。両親が亡くなった絶望のなかで見つけた、私の希望。
おじい様には感謝している。私が大学に合格できたのも、おじい様が成した財で何不自由ない生活を送らせてくれたからだった。
でも、私はこの人を好きになれない。タヌキの化け物にしか見えない。
「なんのことかの?」
好好爺のような顔をして、目だけはいつも笑っていない。この人にとっては、私の夢も私自身も自分のための駒の一つに過ぎない。
「社長は加齢への不安をお話しされているだけですよ」
おじい様を援助する本田さんも同罪だ。睨みつけてみても本田さんは涼しい顔で私の方を見ようともしない。
おじい様も、私がまたいつものワガママを言い出したぐらいにしか思っていないだろう。
惨めだった。
どんなに勉強をしても学歴を積んでも、私はただの無力な子どもでしかない。
それでも、私は私のために、私の夢のために駒を進める。強欲なおじい様も、それにこまされる私自身も、私のための駒だった。
間違いなく私にもこのタヌキの血が流れている。
私は矛先を私の旦那サマ候補へと向ける。
私が手のひらを差し向けると、彼は目を細めて柔和に微笑む。
「橘法律事務所の本田真紘と申します」
「顧問弁護士の橘先生は公子も知っているだろう。あそこの若手ホープだ。公子の年にはもう弁護士資格を持っていた天才だぞ!」
朗らかに笑うおじいさまに、本田さんも笑い返す。
「いえいえ、僕なんて法律オタクなだけですよ」
高校三年生で弁護士資格……大学院卒業後に受験する人が多い中、それが本当なら確かに凄い。最年少記録だったじゃないだろうか。謙遜するような経歴じゃない。
おじい様もそんな本田さんの頭脳に惚れて、私の相手に選んだんだろう。
「ちなみに、今はおいくつでいらっしゃるんですか……?」
いくら弁護士資格を取得したからと言って、高校卒業後すぐに弁護士として働き始めるということはないだろう。あまり人を見る目に自信はないけど、本田さんはとても同世代には見えない。
「一回りは離れてないぞ」
おじい様は笑顔を崩さずに言うけれど、それってつまり一回り近く離れているってことだ。
「今年で二十七歳になります」
私は今年で十八歳になります。
一回りを十二歳と見るか十歳と見るか意見が分かれるところではあるけれど、やっぱり一回り近く離れていることに違いはなかった。
弁護士としては若い方なんだとは思うけれど、女子高生と並ぶには年上過ぎる気がした。
信用問題とかにもならないんだろうか。
ぼかそうとするおじい様に対して正直に年齢を告げてくれた本田さんの方が好感ではあったけれど、アラサーのおじさんであることに変わりはない。
「本田真紘さん、とても優秀な弁護士さんでいらっしゃるのですね。私にはもったいない方ですので、お断りさせていただきます」
お見合いの常套句そのままに、私は本田さんに深々と頭を下げる。
「もったいなくないぞ! 公子。難関大学に合格したんだ、十分釣り合う」
私のオブラートを無視するおじいさまに、深いため息が出る。はっきりと結婚する気はないと言おうと口を開きかけた瞬間、おじい様が笑顔を収めて悲し気な表情を見せた。
「そうだ公子。大学の入学金のことなんだが……」
言葉が喉につまり、細い息の音だけが私の口から漏れる。
「社長」
なにかを咎めるような本田さんの声に、おじい様はわかっているという風に頷いて言葉を続けた。
「年のせいかの、近頃物忘れが激しくてな……」
全身の血が沸騰するようだった。
姿勢を正し、真っ直ぐにおじい様を見つめる。
「脅迫する気ですか?」
私の夢。私の生きる目標。両親が亡くなった絶望のなかで見つけた、私の希望。
おじい様には感謝している。私が大学に合格できたのも、おじい様が成した財で何不自由ない生活を送らせてくれたからだった。
でも、私はこの人を好きになれない。タヌキの化け物にしか見えない。
「なんのことかの?」
好好爺のような顔をして、目だけはいつも笑っていない。この人にとっては、私の夢も私自身も自分のための駒の一つに過ぎない。
「社長は加齢への不安をお話しされているだけですよ」
おじい様を援助する本田さんも同罪だ。睨みつけてみても本田さんは涼しい顔で私の方を見ようともしない。
おじい様も、私がまたいつものワガママを言い出したぐらいにしか思っていないだろう。
惨めだった。
どんなに勉強をしても学歴を積んでも、私はただの無力な子どもでしかない。
それでも、私は私のために、私の夢のために駒を進める。強欲なおじい様も、それにこまされる私自身も、私のための駒だった。
間違いなく私にもこのタヌキの血が流れている。