絶対零度の御曹司はおひとり様に恋をする
ドアの前に立ち先ず深呼吸をする。顎を上げて姿勢を正す。口角を意識して少し上げる。そして部長と向かい合う自分の姿をイメージする。
厳しいことで有名な部長だけれど、私は以前、街で偶然部長を見かけたことがある。綺麗な奥様と、中学生の息子さんと小学生の娘さんと一緒に話しながら歩いていた。
いつも職場で見せる顔とは全然違っていた。目尻を下げて笑いながら話している部長の姿は、優しい父親でしかなかった。以来、どれだけ部長の厳しい噂話を耳にしても、私のなかの部長に対するイメージが揺らぐことはない。
入室すると直ぐに着席を促された。部長と対峙して座る。
「真下さんは、何年目だったかな」
突然の質問に、その意図がわからなかった。でも、上司からの質問に、理由なんて聞けない。
「四年目になります」
「仕事に対して、何か不満や困ったこと等はないかな」
これは単なる職場環境に関するヒアリングなのかもしれない。
「そういったことはありません」
「そうですか…」
そう言うなり、部長は黙ってしまった。私から何かを言うわけにもいかなくて、私も黙っていた。どうやら、お叱りではないようだけど、何か変だ。
「真下さんの仕事ぶりは聞いているよ。非常に堅実で経理に適任だとね」
「ありがとうございます」
「経理の仕事は楽しいかな」
「楽しい…というのは少し違うかもしれませんが、合っていると思いますし、やりがいがあります」
適材適所って言葉があるけど、正しく私の性分に経理の仕事はぴったりだ。全て数字で答え合わせができるから。企画とか営業みたいに、自分の力だけではどうにもならない部分が少なからずある仕事は私には無理だと思う。