絶対零度の御曹司はおひとり様に恋をする
私が営業部に異動になるという話は、私が承諾したことで部長から課長へと伝えられ、その日のうちに経理部内に知れ渡った。

話には多少尾鰭がついたらしく、私が何かをしでかしたらしいなんて噂もあったけれど、真面目過ぎる真下さんに限って、という社員たちからの共通認識により直ぐにやっぱりありえない、という風に訂正されたらしかった。

その日は朝から雨が降っていた。雨の日は嫌いだ。十七歳だったあの日を思い出すから。私の人生で、唯一、衝動的に行動してしまった日。

今夜は駅近くの店で、異動祝いをしてくれるので、着替えを済ませると急いで店へと向かった。

会社から駅までの道の水捌けが悪いせいで、レインブーツを履いているのに、足元が心許なくてなるべく水を跳ねさせないように慎重にゆっくりと歩く。

信号の先に、目当ての看板が見えた。この信号を渡ればもうすぐだ。

赤信号を待っていると、私の足元を後ろから来た何かがすり抜けていった。その勢いの良さにバシャンと水が跳ねて、膝下まで濡れた。

その何かを目で追って、それが白い犬だとわかった。と同時に、まだ赤信号の横断歩道を渡る犬の後ろ姿と、右手からトラックが走ってくるのが目に入った。

ーーー危ない。

そう思った時にはもう、考えるより体が先に動いていた。傘を放り出して、私の足は真っ直ぐにその犬のもとへと向かっていた。

石橋を叩く暇なんて、なかったから。





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