嘘と恋とシンデレラ
記憶を失う前のわたしは、ふたりのうちどちらのことを想っていたのだろう。
星野くんの優しさも愛沢くんの強引さも、何となく惹かれる理由が分かる気がする。
玄関に鍵をかけたわたしは、彼に手を引かれながら歩き出した。
「こうやってふたりで登校したことも、一緒に帰ったこともあってさ」
「……そうなの?」
「寄り道したり、お互いの家行ったり」
「へぇ……」
色々教えてくれたものの、いまいちぴんと来なかった。
どこか他人事のようにしか受け止められない。
それでも、彼の家や学校のある方角まで教えてくれたお陰で、何となくの方向感覚が養われつつあった。
取り戻しつつある、という方が正しいのかもしれないけれど。
やがて家の前まで戻ってくると、愛沢くんがゆるりとわたしの手を離した。
指先が力を失って離れてしまった、といった具合だ。
どうしたのだろう?
振り向いた先で、ややあって彼はぽつりと呟いた。
「……マジなんだな」
記憶喪失が、という意味だろう。大マジだ。
どの道や説明に対してもわたしの反応が鈍かったから、今になってその実感が湧いたのだと思う。
漠然としていた理解が認識として追いついた。
(でも)
心苦しいという思いより先に、どうしてもある疑心が湧き上がってくる。
(本当なのかな?)
ぴんと来なかったのは、本当にわたしが忘れたせい?
思い出せないだけ?
(本当はわたしが知らないからなんじゃ……?)
愛沢くんが“偽物”の恋人なら、最初から嘘をついているということになる。
記憶をなくした今のわたしはまっさらな状態だ。
嘘の思い出話をされても、あるいはそこに綻びがあっても気付けない。
偽物だったら、そこにつけ込むはずだ。
愛沢くんの言うことを素直に信じていいものか、正直なところ判断がつかない。
◇
それからほどなくして彼は帰っていった。
わたしは終始、不信感を拭えないまま、どっちつかずの態度で接してしまった。
そのことに愛沢くんも多かれ少なかれ気づいていたはずだ。
だけど気を遣ってか、指摘することもなければ態度に出すこともしなかった。
以前のわたしはどんなふうに彼と話していたのだろう?
欠片も思い出せない。
そもそも彼のことを思い出さない限りは無理な話なのだろう、と思い知らされる。
何だか疲れてしまってソファーでうつらうつらしていると、再びインターホンが鳴った。
時刻は午後四時過ぎ。
放課後の時間帯だ。
(……また、愛沢くんかな?)
結局あれから学校へ行って、下校中に再び寄ってくれたのかもしれない。
なんて考えながらモニターを確認したが、映っていた人物は想像と違っていた。