嘘と恋とシンデレラ
     ◇



「こころ!」

 ある日の放課後。
 病院から出たとき、隼人が駆け寄ってきた。

「何で病院なんか……」

「ちょっと怪我しちゃって」

 苦く笑いながら左の上腕(じょうわん)をそっと押さえる。
 ずき、と鋭い痛みが響いた。

「何があったんだよ?」

「……昨日の夜、歩いてたらいきなり切られたの」

 最初は何が起きたのかまったく分からなかった。

 すれ違いざま、突然の出来事だった。
 “熱い”と思ったら刃物で切りつけられていたのだ。

 遅れて痛みがやってきて、ようやく状況を理解した。

 傷はそれほど深くないし、大したことはないと思ったが、念のため放課後に病院へ寄ったのだった。

「相手は?」

「暗くて分かんなかった……」

「……どうせ星野だろ。警察行こう」

「待って!」

 わたしの手を掴んだ隼人を慌てて引き止める。

大事(おおごと)にしたくない。響也くんの仕業だって決まったわけでもないんだし」

「いや、それでも────」

「わたしなら大丈夫だから」

 訴えかけるように見つめると、ややあって彼はため息混じりに「分かったよ」と言った。

 不服そうな表情だったけれど、引き下がってくれたようだ。

 意を()んでくれた、という感じではない。

 警察沙汰となると、自分にとっても不都合な部分があると気が付いたような、ぞんざいな言い方だった。

「帰るぞ」

「うん……」

 ざわざわと嫌な予感が渦巻き出す。

 苛立ったような隼人の背を眺め、重たい足取りでついて歩いた。
 日の傾いた夕空が不気味な色に染まっていく。

 これから何をしようとしているのか。
 彼の意図を予見(よけん)出来ないわけでもないのに、どうして(あらが)って逃げ出せないのだろう。

(……そっか)

 少し考えればすぐに答えが出た。

 信じたい気持ちがあるからだ。

 わたしを大事にしてくれている。
 度を越した愛を反省している。
 変わろうとしている。

 暴力なんて強引な手段をとらなくても分かり合える。
 痣のないことがいつか当たり前になる。

 ────そんなふうに。

『大丈夫か? ごめんな』

『でも俺……ずっと不安だったんだよ。ただお前を守りたかっただけなんだ』

 わたしは知っている。分かっている。
 本当の彼は優しいんだってことを。

(信じていいんだよね……?)
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