嘘と恋とシンデレラ
最終章 運命の王子様
第16話
ぼんやりと何かの音が聞こえる。
水の中にいるみたいにくぐもって遠かったのが、だんだんはっきりと大きくなっていく。
「……が、……だろ」
「そ……ない。きみが……」
音が声だと分かると、その声を言葉として認識出来た。
だんだんと意識がはっきりしてくる。
その明瞭化に伴って、ほうけていた五感が我を取り戻した。
うっすらと目を開ける。
見覚えのある白い天井が見えた。
耳に割り込んでくるのは口論するような声。
つん、と消毒のような特有のにおいが鼻につく。
「痛……」
起き上がろうとしたとき、身体のあちこちが痛んで阻まれた。
思わず呟くと、ふたりの声が止む。
「こころ」
「大丈夫?」
慌ててこちらを覗き込む、心配そうな表情。
隼人に響也くん……彼らをそれぞれ見やり、そっと起き上がり直す。
「……大丈夫」
わたしはその視線から逃れるように顔を逸らし、端的に答えた。
内心怖くてたまらないけれど、それを悟られないよう必死で平静を装う。
────わたしはまた、歩道橋から突き落とされた。
恐らくふたりのうちどちらかの仕業なのだと思う。
(どっちが……? 何で?)
どうして再びこんなことになったのか、頭が混乱していた。
だけど、隙を見せるわけにはいかない。
やっぱりどちらも信用出来ないのだ。
そのとき、病室の扉がノックされた。
応じるとスライドし、白衣をまとった先生が現れる。
以前、ここで目を覚ましたときと同じ、メガネをかけた真面目で優しそうな先生。
けれど今は訝しんでいるような気配がある。
「灰谷さん」
「はい……」
「大丈夫ですか? 何があったんです?」
露骨に眉をひそめられる。
立て続けにこんなことがあっては、不審がられるのも当たり前だと思う。
「あ、その────」
わたしも返答に困った。
何があったのか、一番知りたいのはわたしだ。
ちら、と思わずふたりの方に目をやってから口を開く。
「足を滑らせて落ちちゃって。気付いたらこんなことに……」
当たり障りのない嘘をついておく。
彼らの前で事実を口にする勇気はなかった。
「そうですか……。実はですね、この間と同じ状態だったんですよ」
先生いわく、わたしは歩道橋の階段下に倒れていたらしい。
今回は自分でも何となく覚えている。
通報が入って救急車で駆けつけたところ、以前と同様に通報者の姿は既になかったようだ。
偶然だろうか?
何だか不自然な気がする。