嘘と恋とシンデレラ
「星野くん」
確かめるようにその名を呟く。
昨日と同じ制服姿で鞄を持っている。
きっと学校帰りだ。
もしかしたら、昨日してくれなかった話の続きを聞けるかもしれない。
そういう意味で少しどきどきしながら、玄関へ向かうとドアを開けた。
「……こころ」
わたしの姿を認めた彼は労るように表情を和らげる。
しかし、すぐに曖昧に曇らせた。
星野くんも星野くんで、どう接するべきか決めかねているみたいだ。
以前とは違うわたしとの距離感を慎重に測っている。
ただ純粋に心配してくれている気持ちもあるのだろうけれど。
いずれにしてもその気遣いはありがたいものだった。
わたしは応えるように、頬を緩めて小さく笑って見せる。
すると彼の顔に微笑みが戻った。
警戒されなかったことにほっと安堵したみたい。
「変わりはない?」
「……うん、特には」
何となく、愛沢くんが来たことは言い出せなかった。
病室でのふたりの様子や主張の食い違いからして、歓迎されるような状況でないことは明らかだ。
それ以外は特別起伏のない一日だった。
怪我を負っていることや記憶をなくしたせいで悶々としていることを除けば。
「記憶も……変わらずかな」
一番気にかかっていることだろうと予測しながら口にした。
罪悪感にも似た心苦しさが湧き上がり、苦く笑う。
星野くんは昨日と同じように「そっか」と頷いたけれど、今日はどこか吹っ切れているように見える。
「大丈夫だよ」
ゆっくりと伸びてきた手が、頭の横側を撫でた。
傷を避け、壊れものでも扱うみたいに優しく触れられる。
「焦ったり、自分を責めたりする必要なんてない」
不思議と肩から力が抜けていく。
すっと心が軽やかになった気がした。
「僕も過去の話はしないよ。きみを追い詰めたくないから」
さら、と髪をすくわれる。
星野くんがいっそう笑みを深めた。
「こころには、今の僕をまた好きになってもらおうと思って」
のどかな春のこもれ日みたいな笑顔だった。
あたたかくて眩しい。だけど心地いい。
自然と高鳴る鼓動の速まりを自覚した。
何だか、本当に愛沢くんとは正反対だ。
性格も考え方も、わたしへの接し方も。
少なくとも星野くんはひたすらにわたしを気遣って、安心させてくれる存在だということが分かった。
「あ……ごめん、困らせたかな。ちょっと近すぎた?」
慌てたように手を引っ込め、彼は眉を下げる。
「ううん。……前はこれくらいだったんだよね?」
つい確かめるように尋ねてしまった。
探っているみたいな声色になる。
“過去の話はしない”と言われ、逆に少し焦りが生まれたのかもしれない。
昨日言いかけたことを掘り返されたくないから予防線を張ったように思えたのだ。
本物の恋人なら、わたしに思い出してもらうためにむしろ過去の話をしたがるものではないだろうか。
だからこそ、彼の発言には違和感があって。
そういう些細なことが疑心を呼び起こしては助長させていく。