嘘と恋とシンデレラ
ややあって、時間が動き出した。
ゆっくりと瞬きを繰り返したあと、その綺麗な顔に優しい微笑みが浮かべられる。
「うん、もちろん。言ったでしょ、僕はこころのためなら何でもする」
いつも通りの響也くん。
わたしのよく知っている彼の表情と言葉。
それがこんなにも嬉しくて心強いなんて思わなかった。
彼がいてくれて本当によかった。
何度目か分からないその思いがまた込み上げ、淡く昇華していく。
心からほっとして、わたしは気付いたら少し顔を綻ばせていた。
◇
外壁のそばに設置されたベンチに並んで座る。
そよいだ風に髪が揺れた。
「確認なんだけど、こころは愛沢とより戻したんだよね?」
浅く腰かけた彼が前傾姿勢になり、こちらを覗き込んでくる。
ぎくりと心臓が跳ねた。
騙されていたとはいえ、今は確かに隼人と再び付き合い始めた状態。
何となく負い目を感じて気まずいような気持ちに陥って、目を逸らしながら小さく首肯した。
響也くんは、それについては何も言わず何度か頷く。
「じゃあ、まあ……別れるためって言っても、あからさまに避けたり態度を変えたりするのは逆効果だろうね」
隼人の根本的な目的に、わたしへの復讐としての“殺害”があるとしても、そうやって露骨に態度に出すなどすると、寿命を縮めることになるかもしれない。
暴力を誘発したり助長したりする可能性もある。
なるべく友好的に接し、隼人の望む従順な自分を演じておくのが安全策。
「下手なことせずに“隙”を与えないのが一番だと思う」
昨日みたいに夜にひとりきりになるとか、逃げ道のないところで彼とふたりきりになるとか、そういう隙を見せない。
そもそも手出しさせない。出来ないようにする。
「それで何か証拠でも掴めれば……」
「うん、警察に突き出せるかも」
彼の言葉にわたしは顔を上げた。
「じゃあ、隼人には記憶のないふりしてみる」
ただ殺すだけではなく、惚れさせて裏切って殺したい、という目的なら時間を稼ぐことが出来る。
あるいは何か、今までと主張や態度を変えるかもしれないから。
「そうだね。それがいい」
そう後押しされ、覚悟を決める。
けれど、やっぱり不安は拭いきれない。
眉を寄せて俯いた。
ぎゅう、と両手に力を込めて拳を握り締める。
「出来るかな……」
自分を殺そうとしていると分かっている相手と一緒にいなければならないなんて、怖すぎる。
「大丈夫」
優しくもはっきりと告げた彼が、わたしの手に自身のそれを重ねるようにそっと添えた。
温もりが溶け出す。
「僕がついてる。何も怖がらなくていいよ」