嘘と恋とシンデレラ
「そうだね、前は────」
星野くんが一歩踏み込んだ。
「!」
ふわ、とほんのり甘い自然な香りが漂う。
彼らしい、優しくていいにおい。
「もうちょっと近かったかな」
なんて、小さく顔を傾けて微笑んでいる。
決して無理に触れたりはしないけれど、だからこそ余計に距離の近さを意識させられた。
とろけるような表情と揺るぎない眼差しに、息が止まりそうになる。
これ以上近づいたら、今のわたしでは心臓がもたない。
「そ、そうなんだ……!」
逃げるように俯き、視線を逸らして誤魔化す。
頬の熱や心臓のどきどきがバレていないといいけれど。
しかしそんな願いは届かず、くす、と星野くんは小さく笑った。
「可愛い、こころ」
軽く握った拳で口元を覆う笑い方。
余裕に満ちた甘い彼の雰囲気に飲み込まれる。
「でもそういう顔は僕の前だけにしてね?」
つん、と人差し指で頬をつつかれた。
優しい感触に熱が広がっていく。
激しく脈打つ鼓動が響いて、まともに声すら出せなくなる。
掠れた声で小さく「うん」と頷きながら、その場に留まるのがやっとだった。
つい見とれるように、じっとその双眸を見上げる。
かっこいいな、と率直に思った。
紳士的な振る舞いも柔らかい表情も、どこをとっても絵になる感じ。
この人が本物の恋人なのかな?
そうだとしたら、わたしはきっとすごく大事にされていたんだろうな。
(ううん。すごく大事にされてる、今も)
わたしの心情を一番に優先してくれているのが分かるから安心出来る。
星野くんの思惑がどうあれ、その優しさに救われたのは事実だ。
(きっと、何も知らなかったら好きになってた……)
正直、一緒にいて気持ちが楽なのは愛沢くんより星野くんの方だ。
少なくとも今のところは。
“過去の話はしない”。
ということは、忘れていても思い出せなくても、責めるつもりはないということ。
以前のわたしではなく、今のわたしに向き合ってくれるということ。
もしかしたら星野くんは、本当に純粋にわたしを気遣ってそう言ってくれたのかもしれない。
(それなら少しだけ、寄りかかってもいいかな?)
「あの、ね」
わたしが口を開くと、彼は小さく首を傾げる。
「明日、迎えに来てくれない? 一緒に学校行きたい」
「もう行くの? 大丈夫?」
目を見張った星野くんはすぐに案ずるような表情を浮かべた。
その言葉の中には、身体の傷以外への心配も含まれているような気がする。
それを受け止めつつ、わたしは毅然と頷いてみせた。
「大丈夫。……たぶん、その方が色々思い出せる気がする」