嘘と恋とシンデレラ

「……ごめんな、こころ。ちゃんと守れなくて」

 テーブルの上で握り締めていた手が包み込まれる。
 あたたかい体温に強張りが少しほどけていった。

「なあ、一緒に帰ろ」

 混乱から立ち直れてはいないけれど、その言葉の意味は正しく理解出来た。
 不思議と冷静に。

(それはまずい。だめ)

 そういう危険な状況は何がなんでも避けるべきなのだ。
 なんて思う反面、別の考えが浮かんでくる。

 隼人の話が本当なら、彼は別にわたしを殺そうとなんてしていないのではないだろうか。

 わたしの推測は破綻(はたん)する。
 そもそも復讐の計画なんてなかったのだから。

(でも、信じきれる?)

 理性がブレーキをかけ、思考はますます深みにはまっていく。

 それにわたしは記憶を失ったふりをしている。
 当然、隼人の暴力性も知らないことになっている。
 ここで拒めば怪しまれるかも。

 だけど、大人しく従うわけにもいかない。
 “殺されない”と、隼人が敵でないと、保証されたわけでもない。

 仮にその保証があっても、きっとまた痛くて辛い思いをすることになるだろう……。
 それと暴力とは、まったく次元の違う話だから。

「ごめん、今日はあんまり体調よくなくて」

 必死で言葉を探し、慎重に選ぶ。

「頭の整理もしたいし、ひとりでいたいかな……」

 言い終えるや(いな)や、重ねていた手にありったけの力を込めてきた。
 爪を立て、怒りと不満を直接ぶつけてくる。

「……っ」

 どうにか隙間から抜け出し、自分の手を握り締めた。
 ひりひり、ずきずき、痛んで震えている。

 怯えてしまうのを隠しきれないで隼人を見やった。
 信じられないほど冷たい眼差しが返ってくる。

 どうしても、こういう怒りっぽくて衝動的な一面は繕いきれないみたいだ。
 やっぱり、彼はそこまで器用じゃない。

「……あっそ。分かった」

 態度も声音も不機嫌そのものだった。
 実際は1ミリも分かってなどいないのだろうけれど、それだけ言うとさっさと席を立つ。

「…………」

 歩いていく背中を見つめながら、おののくような自分の心音を聞いた。

 妙に息苦しくて、いつの間にか呼吸を止めていたことに気が付く。

 人目があって助かった。
 もしふたりきりだったら、きっとこの程度じゃ済まなかっただろう。
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