嘘と恋とシンデレラ

第19話


 彼の顔から余裕の色が落ちていく。
 ゆらゆらと視線が揺れる。恐らくはその心情も。

「…………」

 眉を寄せ、固く口端を結んだ。
 険しい表情とは裏腹に、伏せた目元はもの()げだ。

 ややあって、響也くんが静かにかぶりを振る。

「……言えない。言いたくない」

「どうして?」

 弾かれたように一歩詰めた。
 だんだんと隼人の言葉が真実味を帯び始めるのを感じながら。

「事故だったんでしょ?」

「事故……?」

 ゆったりと上げられた視線が交わる。
 彼は力ない笑みをたたえた。

「そんなんじゃない。偶然とかじゃなくて、僕がこころを────」

 苦しそうに口を(つぐ)んだ響也くんをまじまじと見る。

(自分の意思で殴った、ってこと……?)

 言葉にこそされなかったけれど、その先に続く内容なんてそれくらいしか考えられない。

 それなら、バットで殴ったのは響也くんで確定だろう。
 最初に嘘をついていたのも確定だ。

 やっぱり、隼人の言い分が真相なのだろうか?

「何のために……」

 響也くんは、わたしを?
 掠れた声がこぼれ落ちた。

 目の前がぐらぐらと揺れていた。
 足元が揺れているのかもしれない。

 そんな錯覚(さっかく)を覚えながら、漂うような足取りで歩み寄る。

「わたしたち、付き合ってたんじゃないの……?」

 声が、吐息が、唇が震えた。
 泣きそうなのは、彼を信じたい気持ちがほかのどの感情よりも大きいからだ。

 納得出来るだけの説明をしてくれるのを待っている。
 合理的で崇高(すうこう)な理由があると期待してしまっている。

「こころのため」

 ……そんなもの、あるわけないのに。

「僕の行動はぜんぶこころを想ってのことだよ。きみの幸せのため。それしかない」

「そんな……」

「だから言わない。あのときのことは……僕の口からは。きみのために」

 その主張はずっと変わらない。
 響也くんの原動力は、わたしの幸せだと。

 ただ、わたしを殴ったり騙したりすることがわたしのため?

 ふるふると弱々しく首を横に振りながら、たたらを踏むように後ずさった。

(そんなの意味が分からない)
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