嘘と恋とシンデレラ

 背を向けたまま、一息で言いきって歩き出す響也くん。

 思わぬ言葉に心臓が縮み上がった。
 なんて物騒なことを言い出すのだろう。

「待って……。ちょっと待って!」

 圧倒されて硬直しかけたけれど、足がその場に()いつけられる寸前に慌てて前へ進んだ。
 おぼつかない足取りで彼を追いかける。

「冗談だよね? 殺すなんて、そんな────」

「本気だよ」

 呼びかけても、公園を出ても、足を止めてはくれなかった。

 足早とはいえ一定の速度を保っているはずなのに、何度か置いていかれそうになって、そのたび慌てて駆け寄った。

「僕が愛沢を殺して終わり。それでこそこころを守れる」

「だめ!」

 そんなの許されるはずがない。
 そんな発想、とても正気とは思えない。異常だ。

 勢いよくその腕を掴んだ。
 “わたしのため”だなんて言って、間違いを犯して欲しくない。

 ばっ、と彼が腕を振って払う。

 一瞬、平衡(へいこう)感覚を失ってしまい、よろけた反動で歩道から足を踏み外した。
 どさりと地面に倒れ込む。

「ごめ────」

 慌てた顔の彼が振り向いたとき、轟音(ごうおん)と甲高いクラクションの音が耳をつんざいた。

「!」

 息を呑む。目を見張る。

 目前に大きなトラックが迫ってきていた。
 禍々(まがまが)しい冷酷な化け物みたいに見えた。

「……っ」

 ぎゅっと目を瞑る。
 いすくまって動けない。

 想像もつかないような衝撃と激痛を覚悟したけれど、それが訪れることはなかった。

 ブロロ……と()ぎった走行音が何ごともなかったかのように遠ざかっていく。

 恐る恐る目を開けて顔を上げると、走り去るトラックの後ろ姿が見えた。

「…………」

 浅い呼吸を繰り返す。
 心臓がばくばく暴れて、喉がからからに渇いていた。

「こころ……」

 そんな声が降ってきたかと思うと、すぐ(かたわ)らに響也くんが屈み込んだ。

「こころ、ごめん。ごめんね……」

 うわ言のように繰り返しながら、そっと背中に手を添えてくれる。

 その動揺が嘘や演技には見えない。
 わたしが危ない目に遭って、死にかけて、こんなに取り乱すなんて。

「大丈夫だった?」

 顔を上げられないまま、こく、とどうにか頷いて答えた。
 おもむろに立ち上がった彼が手を差し伸べてくれる。

 その上にそっと手を重ねると、そのまま引っ張り上げてくれた。

 自分を落ち着けるように深く呼吸して、彼の横顔を見上げてみる。
 響也くんもわたしと変わらないくらい顔色が悪いままだった。

 そんなに動揺するなんて。
 だったら、どうしてわたしをバットで殴ったり突き落としたりしたのだろう。

 彼は何を隠して、何を抱えているのだろう?
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