嘘と恋とシンデレラ
◇ ◇ ◇
始業前、こころの属するA組の教室へ入ろうとした隼人は足を止めた。
「何か、こころの様子変じゃない?」
そんな話し声が聞こえたからだ。
まだ人の少ない静かな時間帯。
開け放たれた扉からは、囁くような声すら正確に拾うことが出来た。
身を隠すように壁に沿って立つ。
「何が?」
「愛沢くんに対する接し方っていうか、態度っていうか」
自分の名前が出て、少し顔をもたげる。
戸枠のところからわずかに覗くと、話しているうちのひとりは小鳥だと気が付いた。
「どう変なの?」
「また記憶なくしたみたいな……」
「え?」
「いや、何かまた怪我したみたいで。記憶はあるはずなんだけど、覚えてないみたいなこと話してた」
小鳥の言葉を聞いた隼人は眉を寄せる。
聞き耳を立てたまま壁に背を預けた。
「わざとじゃないの?」
「え、何で? 何のために?」
「だって愛沢くんって、顔はいいけどDV彼氏なんでしょ。だから……身を守るためとか」
「じゃあ本当は別れたがってるのかな」
「そうかも」
彼女たちの会話を受け、隼人は笑ってしまった。
気付いたら思わず、という具合に。
声こそ出さなかったものの、せせら笑ってしまう。
分かってない、と思った。
自分のことを、自分たちの愛の形を────やはり理解してくれるのも受け入れてくれるのも、こころしかいないのだ。
それを再確認した。
「それか……星野くんの入れ知恵?」
小鳥の発言にぴたりと笑みが止む。
眉間にしわを寄せる。
「星野くん? ……って、あのC組の王子様みたいな?」
「そう」
「え、なに。どういう関係?」
「三角関係。……複雑な」
ぎゅう、と強く拳を握り締める。
苛立ちを吐き出すように深く息をつく。
思わぬ収穫を得た隼人は悠然と腕を組んだ。
そうしているうちに、嘲るような笑いが再びこぼれる。
今度はこころに対して、だ。
「……へぇ。そういうこと」
音もなく吐き捨てるように言うと、壁から身を起こす。
不機嫌そうな足取りで教室へ戻っていった。
◇ ◇ ◇
「こころ」
1時間目終わりの休み時間、現れた隼人は普段より柔和な雰囲気をまとっていた。
気が付いた小鳥ちゃんがどこか心配するような視線を注いでくれたけれど、わたしは“大丈夫”だという意味を込めて頷いておく。
「これあげるよ」
背に隠していた何かを差し出される。
ペットボトル入りの紅茶だった。
「好きだろ?」
「え……あ、ありがとう」
確かに好きだけれど、何だか素直に喜べない。
隼人の機嫌がいいのは悪いことじゃないのに、何かしらの意図を勘繰ってしまう。
始業前、こころの属するA組の教室へ入ろうとした隼人は足を止めた。
「何か、こころの様子変じゃない?」
そんな話し声が聞こえたからだ。
まだ人の少ない静かな時間帯。
開け放たれた扉からは、囁くような声すら正確に拾うことが出来た。
身を隠すように壁に沿って立つ。
「何が?」
「愛沢くんに対する接し方っていうか、態度っていうか」
自分の名前が出て、少し顔をもたげる。
戸枠のところからわずかに覗くと、話しているうちのひとりは小鳥だと気が付いた。
「どう変なの?」
「また記憶なくしたみたいな……」
「え?」
「いや、何かまた怪我したみたいで。記憶はあるはずなんだけど、覚えてないみたいなこと話してた」
小鳥の言葉を聞いた隼人は眉を寄せる。
聞き耳を立てたまま壁に背を預けた。
「わざとじゃないの?」
「え、何で? 何のために?」
「だって愛沢くんって、顔はいいけどDV彼氏なんでしょ。だから……身を守るためとか」
「じゃあ本当は別れたがってるのかな」
「そうかも」
彼女たちの会話を受け、隼人は笑ってしまった。
気付いたら思わず、という具合に。
声こそ出さなかったものの、せせら笑ってしまう。
分かってない、と思った。
自分のことを、自分たちの愛の形を────やはり理解してくれるのも受け入れてくれるのも、こころしかいないのだ。
それを再確認した。
「それか……星野くんの入れ知恵?」
小鳥の発言にぴたりと笑みが止む。
眉間にしわを寄せる。
「星野くん? ……って、あのC組の王子様みたいな?」
「そう」
「え、なに。どういう関係?」
「三角関係。……複雑な」
ぎゅう、と強く拳を握り締める。
苛立ちを吐き出すように深く息をつく。
思わぬ収穫を得た隼人は悠然と腕を組んだ。
そうしているうちに、嘲るような笑いが再びこぼれる。
今度はこころに対して、だ。
「……へぇ。そういうこと」
音もなく吐き捨てるように言うと、壁から身を起こす。
不機嫌そうな足取りで教室へ戻っていった。
◇ ◇ ◇
「こころ」
1時間目終わりの休み時間、現れた隼人は普段より柔和な雰囲気をまとっていた。
気が付いた小鳥ちゃんがどこか心配するような視線を注いでくれたけれど、わたしは“大丈夫”だという意味を込めて頷いておく。
「これあげるよ」
背に隠していた何かを差し出される。
ペットボトル入りの紅茶だった。
「好きだろ?」
「え……あ、ありがとう」
確かに好きだけれど、何だか素直に喜べない。
隼人の機嫌がいいのは悪いことじゃないのに、何かしらの意図を勘繰ってしまう。