嘘と恋とシンデレラ
ぞく、と背中を恐怖心が滑り落ちていく。
肌が粟立った。
(何で……?)
彼の目を盗んで響也くんと会っていたのがバレた?
再び記憶をなくしたというわたしの嘘がバレた?
彼を疑って別れようと考えていたことがバレた?
思い当たる節がいくつかあって、そのせいで逃げ出したい気持ちがますます大きくなる。
彼の怒りが理不尽ではないからこそ、このあと待っているであろう仕打ちに耐えられる気がしない。
(逃げなきゃ)
焦りと危機感をかき立てられる。
でも、どんなに必死に抵抗しても敵わない。
引っ張られないようその場に留まろうと足に力を入れてみても、掴まれた手を振りほどこうともがいてみても。
力の差は歴然で、むしろそうするほどに痛みが増していった。
「いや! 離して!」
たまらず声を上げると、即座に口を塞がれる。
押し当てられた手の力も強く、先ほどの半分くらいしか息を吸えなくなった。
(苦しい)
自然と涙が滲む。
苛立ったように舌打ちした隼人が顔を寄せてくる。
「騒ぐな」
低められた声に怯んでしまうものの、屈したくはなかった。
でも、何も出来ない。
ひどい。悔しい。
心の中でいくら罵ったところで意味なんてないのに。
「……っ」
息の出来ない苦しさに負けて、結局は口を噤むしかなかった。
解放されるなり目眩を覚える。
思いきり、肺いっぱいに酸素を取り込む。
まともに呼吸を整える間もないまま、ふらふらとした足取りのわたしを、隼人は無理やり引っ張っていく。
意識に薄い膜がかかっているみたいに、世界の輪郭がぼやけていた。
彼に連れられて歩くけれど、足を動かしているのは自分の意思ではないように感じる。
ようやく正常な呼吸に戻ったときには、隼人の家の前にいた。
はっと我に返ると、意識の膜が弾けて消える。
家の中に入れば、王様の彼に歯止めをかけるものは何もなくなってしまう。
「やめ、て……!」
ありったけの力を込めて、隼人の手から逃れようとした。
けれど、びくともしない。指の1本を剥がすことさえ出来ない。
足を止めて振り向いた彼は、眉ひとつ動かさずにわたしの頬を打った。
「痛……っ」
衝撃が尾を引いて痺れる。
たった一瞬の出来事だったのに、いとも簡単にわたしの気を挫いた。
門を潜ると、鍵とドアを開けるなり突き飛ばされる。
よろめいたものの、倒れないよう壁に手をついて踏みとどまった。
間髪入れずに肩を掴み、もう一方の手で髪を掴んでくる。
そのまま、だん! と勢いよく背中を壁に押し当てられた。