嘘と恋とシンデレラ
刹那ののち、星野くんが再び微笑んだ。
「……分かった。じゃあまた明日ね」
踵を返して門を潜った彼に手を振り返す。
その姿を見送ると、思わず眉を寄せた。
(何か────)
答えてくれるまでに妙な間があった。
ほんの一瞬だけ眉をひそめたことに気付いてしまった。
それを見逃せるほど、鈍感にはなれなかった。
無理に思い出す必要はない、という彼のスタンスに救われておきながら、それを蔑ろにするようなわたしの発言が気に障ったのかもしれない。
何にしても、わたしに見せている顔だけがすべてではないのかも。
彼も彼で、何らかの思惑のもと動いている。
心に留めておかなきゃ。
星野くんが偽物だという可能性だって大いにある、ということを。
◇
お風呂に入るタイミングで、洗面所の鏡の前に立ってみた。
服を脱ぐと、隠れていた傷が顕になる。
「うわぁ……」
思わず顔を歪めてしまうくらい、額以外にもあちこちに擦り傷があった。
恐らく転落時についたものだろうが、我ながら痛々しい。
さらには腹部や背中にまで痣があった。
それらも、そのとき一緒に打ちつけたものかと思ったけれど────。
「ん……?」
腕や脚に残るほかの痣と、色と濃さが違っていた。
前者が青紫っぽいのに対してこっちは緑っぽくて薄い。治りかけなのかもしれない。
そう思い至り、ふと違和感が込み上げてくる。
(でも、それなら……歩道橋の階段から落ちたときの怪我じゃないってこと?)
もしかすると、それより前の時点で負ったものなのかもしれない。
(こんなところに?)
通常であればちょうど服に隠れて見えなくなる位置だ。
「…………」
心臓が重たい音を立て始めていることに気が付いた。
何でもかんでも疑ってかかるべきじゃない。
分かっているけれど、何だか悪い予感が渦巻いて止まない。
◇
翌朝、朝食をとっているとスマホが鳴った。
メッセージアプリの通知だ。
表示された愛沢くんの名前にどきりとした。
【今日から学校?】
何となく意図を察しつつ返信する。
【うん、今日から行くことにしたよ】
【じゃあ迎えに行く】
やっぱり、彼ならそう言ってくれると思っていた。
だけど昨日、既に星野くんと約束してしまった。
ほかならぬわたしの意思で。
【ごめん! 今日は大丈夫】
彼ではなく星野くんを選んで優先したことが後ろめたいような気がして、さすがにそうとはっきりは言えなかった。
最低限の言葉でどうにか断る。
もし愛沢くんが本当の恋人なら、申し訳なくてたまらない。
しかし、今の段階では分かりようがない。
こうしてそれぞれとの時間を作って、地道にでも確かめていくしか────。
愛沢くんからの返信が途絶えて少し経った。
インターホンが鳴る。
鞄を持ってドアを開けると、そこには星野くんが立っていた。
約束通り、迎えに来てくれた。
「おはよう」
「おはよ。ありがとう、来てくれて」
「ううん、これくらい当然だよ」
屈託のないきらきらした笑顔が眩しい。
惜しみない想いがあふれているみたい。
過去に固執しない、と言った手前、口にこそしないけれど、もしかすると以前はこれが日常だったのかもしれない。