嘘と恋とシンデレラ

 咄嗟に押さえると、涙が伝った。
 じんじんと熱くて痛い。

(どうして……?)

 今日の彼はいつもと違っていた。
 いつもなら、今頃きっと我を取り戻しているはずなのに。

 感情的で凶暴で、自分以外の何も信じられない様子だ。
 魔法の言葉も全然効いていない。そもそも届いていない。

 一時(いっとき)でもわたしに(あざむ)かれたことがよっぽど気に食わないのだろうか。
 とにかく虫のいどころが悪いようだった。

「いつから……?」

 思わず口をついた。
 彼は不機嫌そうに眉をひそめる。

「あ?」

「いつから気付いてたの? わたしが嘘ついてるって……」

 ふっ、と嘲るような笑みがたたえられる。

「割とすぐ。昼休みにお前、何も言わなくてもスマホ渡してきただろ? そっから怪しんでた」

 愕然(がくぜん)とした。
 自分の詰めの甘さに。

「確信したのはそのあとだけど……。まあ、でもこれで分かっただろ。お前は俺から離れらんない」

 ()いられてきた“当たり前”が、いつの間にか本当にそう(、、)であるかのように()り込まれていたのだ。

 あのときは何も考えていなかった。
 無意識に従っていた。
 自分でも気付かないうちに、彼に取り込まれていたんだ。

「あー、ついでだから教えてやるよ。もうくだらない駆け引きは終わりってことで」

 がっ、と再び髪を掴まれ、(うわ)向かされる。
 冷酷な双眸(そうぼう)に捕まった。

「そのときした話……お前が俺を庇って怪我したってのは嘘。あのとき何があったのかなんて知るか」

 驚いて瞳が揺れるのを自覚する。
 ということは、その場にいた、というのも嘘なのだろう。

「ぜーんぶ星野が勝手にやったこと。まんまと騙されて……お前って、ほんっとばかだな」

「……っ」

 目の前が揺らいで歪んだ。
 きゅ、と喉の奥が締めつけられて思わず唇を噛み締める。
 それでも涙は止まることなくあふれていった。

 張り詰めていた糸が切れたような、ひびの入ったガラスが砕け散ったような、些細(ささい)だけど強烈(きょうれつ)な感覚が全身を突き抜ける。

 心が、折れてしまった。
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