嘘と恋とシンデレラ

(確かに……)

 響也くんは自らの意思でわたしを殴った、とほとんど白状していた。
 でも隼人は、彼は“自分に殴りかかってきた”と言っていた。

 そこの辻褄(つじつま)が合っていなかったのに気付けなかった。

 (ほころ)びは確かにあったのに、わたしが見落としていただけ。

「う、ぅ……」

 口元に手の甲を押し当て、(むせ)び泣いた。

 いったい何なのだろう。
 彼らは、その思惑は、これまでの時間は、わたしの記憶は────。

 真相が垣間(かいま)見えても、手を伸ばすといつも遠のいてしまう。

 長い長い階段を上っているようだった。

 ふたりのうちどちらかと手を取り合って、一番上を目指して。
 でもそこが見え始めると、彼に突き落とされて真っ逆さま。

 落ちた先にはもう一方の彼がいて、今度は彼と一緒に上っていく。
 だけどまた、目指すべきところに近づくと、彼に突き落とされてしまう。

 そんなことの繰り返し。

 それでもひとりで上ることは出来ない。
 わたしひとりでは、そもそも足元の段差すら見えないから。



「……!」

 ふわ、と柔らかい風が起きて、はっと目を開けた。

 隼人の腕の中にいる。
 そう認識した途端、温もりと優しい感触が身体に浸透(しんとう)してきた。

「……ごめん」

 ようやく正気に戻ったみたいだ。
 だけど、涙が止まらない。

「本当にごめん、こころ」

 今は、抱き締められても苦しい。

 髪を引っ張られた痛みも、横腹を蹴られた痛みも、頬を打たれた痛みも、冷たい言葉に(えぐ)られた心の痛みも、全然消えてくれない。()えてくれない。

『ねぇ、こころは幸せ?』

 落ちた涙が染みてひりついた。

(わたしは────)



     ◇



 泣き止むまで、隼人はずっと抱き締めたまま背中を撫でてくれていた。
 やがて落ち着きを取り戻すと、わたしは掠れた声で小さく呟く。

「……喉、渇いたな」

「何か、取ってくる。ソファー座って待ってて」

 最大限、気遣うような遠慮がちな言い方でそう残し、立ち上がった隼人はキッチンの方へ向かった。

 その後ろ姿から床に落ちている鞄へ、ゆっくりと視線を移す。
 慎重な心持ちで、じっと見つめた。

「…………」

 確か“あれ”の残りが、まだ入れっぱなしになっていたはずだ。
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