嘘と恋とシンデレラ
「うっとうしかったんだもん、きみ」
一瞬、わたしを指しているのかと思ったけれど、彼の冷ややかな目は隼人を捉えていた。
「俺……?」
彼の困惑は理解出来た。
なのにどうして手をかけた相手が隼人ではなくわたしだったのか、ということだ。
「自業自得で別れたくせに、いつまでもこころに執着してさ。……それでもこころは優しいから、自分のせいだから仕方ない、なんて言って」
響也くんの声から興がるような色が削げ落ちる。
「だから僕がどうにかするしかなかった」
わたしと隼人、それぞれと同じだけ目を合わせた。
何か間違ったことを言っているか、と問うているようでもある。
それから隼人に向き直り、薄ら笑いを浮かべた。
笑っているけれど、その目は鋭い。
「きみ、結構狡猾でさ、こころに直接何かすることはなかったんだよね。実害でもあればこっちも手を打てたけど……」
彼の顔から笑みが消える。
憎々しげに隼人を睨めつけた。
「だから作り出したんだよ、その実害を。きみがこころを逆恨みして危害を加えたように見せかけようと」
圧倒されながらも、まだわたしの中の一部は冷静だった。
そうか、と納得している。
バットでの傷が中途半端だったことも、階段から突き落とされたけど無事だったことも、わざとだったのだ。
殺意も悪意もなかった。
本当は、わたしを守ってくれようとしただけ。
「それでぜんぶ君のせいにして、金輪際こころに近づけないようにしてやろうと思ったのに……」
響也くんがわたしに目をやる。
困ったように肩をすくめて笑った。
「まさかこころが記憶をなくしちゃうなんてさ。とんだ誤算だった」
ぎゅう、と胸が締めつけられるように痛んだ。
わたしは何も言えず、その悲しげな双眸を見返すことしか出来ない。
(……見えてきた)
彼はわたしが記憶を失ったことを利用し、記憶が戻らないうちに隼人が悪者だと刷り込もうとしたのだ。
『僕も過去の話はしないよ。きみを追い詰めたくないから』
記憶をなくしたことは確かに誤算だったかもしれないけれど、ないならないで構わなかったわけだ。
自分のことも覚えていないけれど、隼人のことも忘れてくれているから。
過去や思い出を切り捨て、リセットされたわたしとやり直そうとした。
記憶を取り戻して欲しくないように見えたのはやっぱり勘違いじゃなかったし、そういう理由があったんだ。
『こころには、今の僕をまた好きになってもらおうと思って』
そう言ったとき、果たして響也くんはどんな気持ちだったんだろう……。