嘘と恋とシンデレラ

 思わず俯いたとき、砂利(じゃり)を踏み締める音が聞こえた。

 弾かれたように顔を上げると、隼人が響也くんの(えり)を掴んで引き寄せ、その頬を殴ったところだった。

「ちょっと……!」

 慌てて隼人の腕を掴んで引く。
 響也くんはたたらを踏んだものの大人しいままで、そこから動かなかった。

「お前、最低だな」

 わたしの手から抜け出しつつ、隼人は彼に吐き捨てるように言う。

「だからってこころのこと殺す気かよ」

 反撃もせずに黙っていた響也くんだったけれど、その言葉に顔をもたげた。
 は、と嘲るように笑う。

「……きみが言えたこと?」

 それに触発(しょくはつ)された隼人が再び彼の胸ぐらを掴んだ。

「やめて! もうやめて……」

 慌ててふたりを引き剥がし、泣きそうな気持ちで俯く。

 隼人は舌打ちをして一旦背を向け、響也くんはため息をつきながら乱れた襟元を正していた。

「でも……何でなの?」

 わたしは小さく尋ねながら響也くんを見上げる。
 彼はわずかに顔を傾けた。

「最初はともかく、また突き落としたのは」

 それに関しては、考えてみても真っ当な理由が思いつかない。

 彼は「あー」と今思い出したかのように言い、それから肩をすくめて笑った。

「何かばからしくなっちゃってさ」

 言っていることと表情があまりにも合っていない。
 そのちぐはぐさが逆に恐ろしく感じる。

「僕がこんなに尽くしてるのに、きみは僕を疑ってこのメンヘラ暴力野郎を信じようとしてばっか」

 いつもは穏やかな彼の口調が崩れた。
 その怒りの本気具合をひしひしと感じ、萎縮(いしゅく)してしまう。

「勝手に復縁までしちゃって……。ねぇ、そもそも僕たち別れたっけ?」

「…………」

 何も言えなかった。
 響也くんなら分かってくれる、許してくれる、なんて甘えきっていたわたしが完全に悪い。

「僕を捨てる気だったでしょ」

 辛うじてかぶりを振るけれど、だったら何だ、と言われたらきっと答えられない。
 それくらい、わたしの行動は無責任極まりないものだった。

「さすがに我慢の限界だった。だからムカついて突き落とした。仕方ないよね?」

 腹立たしい感情を押し込めた結果、むしろ笑いが込み上げてきたというような様子だ。

 だけど優しい彼は、直接わたしを責めもしない。
 罪悪感で押し潰されそうになる。

「ごめ────」

「だったらちょうどいいよな」

 小さく謝りかけたわたしを(さえぎ)ったのは隼人だった。
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