嘘と恋とシンデレラ
「ん?」
「何か、ここなら落ち着けそうだなって。隅っこの席でよかった」
今のわたしには気の休まらない空間であることに変わりはないけれど、この席なら必要以上に神経質にならなくて済みそう。
何となくそんなことを思った。
「……そうだね。僕は一番前だから羨ましいな」
肩をすくめる星野くん。思わず笑ってしまう。
いつの間にか肩から力が抜けて、緊張感がいくらか和らいでいた。
星野くんの正体は分からない。
でも、今は彼がいてくれてよかったと思う。
そのとき、教室へ入ってきたひとりの女の子が明るい笑顔をたたえながら歩み寄ってきた。
「こころ、おはよ! 星野くんも」
わたしと彼をそれぞれ見やり、彼女は言う。
「おはよう。勝手に座っちゃってごめんね、ここどうぞ」
素早く立ち上がった星野くんが席を譲った。
彼女の席なのかな? と首を傾げる。
「え、まだいいのに。何か話してたんでしょ?」
「まあ……ね」
彼がわたしを一瞥して苦笑する。
(そっか)
記憶喪失のこと、彼女やクラスメートたちはまだ知らないんだ。
そう思い至ると同時に、星野くんはわたしに向き直った。
「こころ。彼女は丹羽さんっていって、きみの友だち」
自然と彼女の方に視線が向く。
怪訝そうな眼差しとぶつかった。
「……なに? どういうこと?」
困ったように笑った丹羽さんが、わたしと彼を見比べる。
「あ、えっと────」
「ていうか、どうしたの? その傷……」
事情を打ち明けようとしたところ、不安そうな彼女の声と重なった。
丹羽さんはわたしに手を伸ばしたけれど、届く前に星野くんの手が遮る。
「ちょっと色々あってね。こころは今、記憶喪失なんだ」
「え!?」
驚いたように目を見張った彼女は、まじまじとわたしを見つめる。
否定の言葉を待っているように思えたが、残念ながら事実であるため頷くほかない。
「実はそうなの……。ごめん」
ぎゅう、とまた胸が締めつけられた。
記憶をなくしたせいで意図せず悲しませてしまう相手は、星野くんや愛沢くんだけじゃなかったようだ。
事態を飲み込むのに明け暮れ、しばらくほうけていた丹羽さんだったけれど、ややあって戸惑いから立ち直ってくれた。
「まあ、ちょっと信じがたいけど……こころが謝ることじゃないよ」
その一言に顔をもたげる。
彼女は人懐っこい笑みを浮かべた。
「わたしは丹羽小鳥。気軽に小鳥って呼んで! 前もそうだったし」