嘘と恋とシンデレラ

 考える前にすんなりと言葉がこぼれる。

「小鳥ちゃん……」

「そうそう」

 笑顔で頷く彼女を見て、ふっと心が軽くなった。

(あ、何か……)

 しっくりきたような気がする。
 確かに以前もそう呼んでいたらしく、妙に口慣れた響きだった。

 何となく星野くんの方を見上げる。
 目が合うと、柔らかく微笑み返された。

「よかったね、こころ」

 強張っていた身体から力が抜けていく。
 こく、と頷いた。

(本当によかった……)

 ちゃんと頼れる人がいる。
 わたしの居場所は間違いなくここにあったんだ。

 そう実感すると、怯んで萎縮(いしゅく)してしまうような不安感が息を潜めて眠りについたのが分かった。

「じゃあ、そろそろ僕も教室行くね」

「あ、うん。本当に色々ありがとう」

「気にしないで。いつでも僕を頼ってね」

 とろけるほど甘くて優しい微笑を残し、星野くんは教室から出ていった。
 彼のお陰で心細さは残らなかった。



 小鳥ちゃんが前の席につく。
 先ほどの星野くんみたいに、振り向いてわたしの机に腕を乗せた。

「ねぇ、星野くんのことは覚えてるの? 自分のこととかもさ」

「……ううん、何にも。星野くんが色々教えてくれて」

 そっか、と頷いた彼女は眉を下げ、わたしの額を指した。
 そこには一応当て直したガーゼが前髪の下から覗いている。

「それはどうしたの? “色々あった”って……」

「全然覚えてないけど、歩道橋の階段から落ちたんじゃないかって」

 額の皮下血腫(ひかけっしゅ)については別の可能性も示唆(しさ)されていたとはいえ、小鳥ちゃんには黙っておくことにした。
 余計な心配をかけたくない。

「大丈夫なの? 痛くない?」

「うん、平気。ありがとう」

 痛みはもちろんあるけれど、正直それどころじゃなかった。
 星野くんと愛沢くんの存在の方が気がかりで。

(……そうだ)

 はたと思いつく。

 わたしの友だちである彼女なら、もしかしたら以前のわたしと彼らとの関係性を知っているかもしれない。

「あの! 小鳥ちゃん」

 (すが)るようにその腕に触れる。
 彼女は勢いに少し()されたように目を見張った。

「どうしたの」

「わたしと星野くんってどんな関係だった?」

 どきどきしながら尋ねると、今度は小鳥ちゃんが身を乗り出してわたしの腕を掴む。

「それを聞きたいのはこっちだよ!」

「え?」

「一緒にいるとこ結構見かけてたからさ、付き合ってるのかなって思って。……今日聞き出してやろうと思ってたんだけどねー」

 する、と手がほどけて解放される。

 わたしが記憶をなくしたから、答え合わせも出来なくなったわけだ。

(でも、少なくとも星野くんとは前から親交があったんだ)

 どんな関係だったんだろう?

 小鳥ちゃんの読み通りだったらいいけれど、そうと結論づけるには愛沢くんの存在に説明がつかない。

「そうだ」

 悶々(もんもん)と考え込んでいると、小鳥ちゃんが声を上げた。

「こころ、きっとあのことも覚えてないよね」
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