嘘と恋とシンデレラ
「?」
何のことだろう。
わたしは首を傾げ、黙って次の言葉を待つ。
「こころって、あんまり恋話とかしないタイプだったんだけど、1回だけ相談されたことがあって」
「どんな……?」
心臓がいっそう強く速く打った。
以前のわたしや彼らを知る手がかりになるかもしれない。
「新しい彼氏が出来たんだけど、別れた元彼につきまとわれてる────って」
はっとした。
ふたりの顔が脳裏を過ぎる。
「ごめん、名前とかそれ以上のことは何も聞けなかったんだけど……。気をつけてね、記憶がないってことはそれを利用されるかも」
ぞっとした。
まさに小鳥ちゃんが危惧したような状況に陥りつつある。
“偽物”が嘘をついてわたしを騙そうとしている理由に見当がついた。
不安が膨らんで肌が粟立つ。
「……うん、分かった」
かろうじて返した声は弱々しく掠れた。
頬が強張り、不安定な呼吸が繰り返される。
未だ分からないことだらけなのは変わらずだけれど、小鳥ちゃんのお陰でひとつ重要なことがはっきりした。
(星野くんと愛沢くん……)
ふたりのうちどちらかは本物の恋人で、どちらかは偽物。
後者の正体はつまり、ストーカーと化した元彼なのだ。
たとえば思い出話をされて、わたしがそれを思い出せたとしても、それだけじゃ本物だって証拠にはならないんだ。
(よく一緒に行動してたはずの友だちでさえ知らないってことは、別れて割とすぐ付き合ったとか……?)
わたしがもともとあまり人に恋愛事情を話さないタイプだったのだとしても、その可能性は充分ありそうだと言えた。
わたしたちの間に、いったい何があったのだろう。
(どっちがそうなの?)
──キーンコーン……
思考を遮るように本鈴が鳴り、我に返った。
喧騒がおさまり、教室内の空気が引き締まる。
「…………」
不意にポケットの中に入れたスマホのことが気にかかってきた。
家を出る前、愛沢くんからの返信は途絶えていたけれど……。
(たぶん、愛沢くんは星野くんの正体も分かってるんだよね)
それは星野くんの方にも言えることではある。
とはいえそんな状況で、わたしからあんなメッセージを受け取った愛沢くんが察しないわけがなかった。
恐る恐るスマホを開いてみる。
【あいつと一緒にいるってことか?】
【おい、ふざけんな】
【あいつのこと信じるのかよ】
どく、どく……怖々と心臓が脈打つ。
そんな内容のメッセージが何十件も大量に送られてきていた。
「……っ」
通知を押してアプリを立ち上げると、ずらりと画面を埋め尽くす威圧的な文言に気圧されてしまう。
【どうなっても知らねーから】
ぞく、と背筋が冷えた。
血の気が引いていくような感覚さえ覚える。
(怖い……)
何だか尋常ではない。執念のようなものを感じる。
しかし、彼がどちらの立場だとしても必死になるのは当然だろう。
平静でいろ、という方が無理な話だと思う。
波立つ感情を落ち着けるように小さく息をつく。
好感や恐怖に引っ張られて判断を鈍らせるべきじゃない。
大丈夫、と自分に言い聞かせる。
わたしはまだ冷静だ。
“こうだったらいいのに”なんて願望に流されて、都合よく現実をねじ曲げたりしないくらいには。
真相に一歩近づくことが出来た。
こうやって、少しずつでもいいから進んでいくしかない。
わたしは、わたしを取り戻すんだ。