嘘と恋とシンデレラ

第3話


 わたしの記憶に関する事情は、朝のホームルームで担任の先生から共有された。

 星野くんがあらかじめ連絡を入れておいてくれたお陰で、スムーズに説明が済んだ。

 彼には本当に、色々な意味で救われている。
 また改めて深く感謝した。



「…………」

 授業が始まったものの、わたしは集中出来ないでいた。
 無意識のうちに板書する手が止まってしまう。

 当然と言えば当然なのだけれど、これまでの内容を覚えていないせいでついていけなくて、先生の声はほとんど右から左へと流れていった。

 だけど、集中出来ないのはそれが理由じゃない。

 どうしても意識が別の方向へ枝を伸ばし、梢を揺らした。

 星野くんと愛沢くん、彼らの正体やわたしとの関係について考え込んでしまう。

(どっちかは本物で、どっちかは……)

 ストーカーと化した元彼なのだろう、という結論はきっと間違っていない。

 未練を断ち切れずにつきまとっていた“彼”にとっては、わたしを丸め込むまたとないチャンスが巡ってきたわけだ。

 ふたりのことを思い浮かべてみる。

『僕も過去の話はしないよ。きみを追い詰めたくないから』

『こころには、今の僕をまた好きになってもらおうと思って』

 どこまでも優しく、わたしを気遣ってくれる星野くん。

『よかった、目覚ましてくれて……。焦った』

『離れんなよ?』

 少し強引だけれど、迷いのない気持ちを向けてくれる愛沢くん。

 今のところふたりに抱いたのはその程度の印象だ。
 とはいえ、その真偽が完璧にフラットであるとは言えない。

 愛沢くんの態度が引っかかっていた。

(さっきのメッセージ……)

 大量に送りつけられてきた、怒りを込めたような鋭い言葉の数々。
 わたしを非難して(そし)って突き放した。

(正直、怖かった)

 あんな一面を目の当たりにすると、愛沢くんの方がストーカー気質なんじゃないかと思ってしまう。

 そこまではいかなくても、何となく執着されているような感じだ。
 よく言えば、愛されている?

(でも……)

 もしわたしが愛沢くんの立場だったら、と考えるとやっぱり彼の気持ちや怒りも分かる気がする。

 自分が“本物”だったら、恋人が元彼に(ほだ)されているところなんて見ていられない。

 焦りやもどかしさから、責めてしまうのも仕方ないだろう。

(じゃあ、わたしは星野くんに騙されてるのかな)

 彼の優しさが偽物だとは、どうしても思えないけれど────。



     ◇



 結局ずっと考えていても、思考は堂々(どうどう)巡りで答えなんて出なかった。

 仕方がないとは思う。
 記憶もなくて情報も少ない以上、印象論に左右される。

 そんな状態のまま、4時間目の終わりを告げるチャイムが鳴る。
 昼休みになり、小鳥ちゃんと机を囲んで座った。

「どう? 授業ついていけてる?」

 コンビニで買ったサンドイッチを取り出した彼女が尋ねる。

「うーん……。ちょっと厳しいかも」

「あはは、だよねー。何でも聞いてね、わたしでよかったらいつでも教えるからさ」

 思わず苦笑したものの、頼もしい小鳥ちゃんの言葉に感激してしまう。

 正直、授業は申し訳程度に受けていた部分があったけれど、ちゃんとしよう、と奮い立たされた。

 染み入るように「ありがとう」と告げたとき、不意に誰かの手が肩に置かれる。

「……っ!」
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