嘘と恋とシンデレラ

 そんなことを考えながら教室を出ていこうとしたとき、戸枠の部分に誰かが手をついた。

 進路を腕で(ふさ)がれ、反射的に顔を上げる。
 そこにいたのは愛沢くんだった。

「こころ」

 どくん、と心臓が沈み込む。
 今朝のメッセージを思い出し、つい身構えてしまう。

 星野くんを優先してしまったことに対する怒りを、直接ぶつけに来たのかもしれない。

「あ、あの……」

「ごめん」

 予想に反し、わたしが言おうとしていた言葉は彼に先を越された。

「怖がらせたよな、あんなメッセージ。本当ごめん」

 眉根を寄せる愛沢くんの眼差しからは、懸命さがひしひしと伝わってくる。

「こんなことになって、マジで余裕なくてさ……。だからってお前のこと責めてもしょうがないのに」

 悔いるように一度唇を噛み締めた。

「俺、間違ってた。こころのこと全然考えられてなかった」

 正直、意外だった。拍子抜けする。
 そんなふうに言ってくれるなんて。

「愛沢くん……」

「隼人」

 彼が一歩踏み込む。

「……って、名前で呼んで。前みたいに」

 今度は掌ではなく腕を戸枠に当て、わたしの方へ身体を傾ける。
 一気に距離が近づき、息を呑んだ。

 彼はまっすぐわたしを見つめたまま逸らそうとしない。
 きっとわたしが呼ぶのを待っている。

「は、隼人……?」

 たったそれだけなのに少したどたどしくなってしまう。
 けれど愛沢くんは嬉しそうに笑った。

「そ。……いいね、やっぱその方が落ち着く」

 そう満足気に離れ、鞄を肩にかけ直す彼。
 わたしはひっそりと息をついた。

 嫌だとか不快だとかそういう感情は湧かないけれど、ただただ動揺させられる。

 彼は基本的に距離が近いから。
 愛沢くんの中ではそれが当たり前なのかもしれないけれど。



「よし、じゃあ一緒に帰ろうぜ」

 そう言われ、またしても小さな迷いが生じる。
 というよりは無視しようにも出来ないわだかまりに近かった。

 星野くんと愛沢くん、ふたりの主張が食い違って対立している以上、どちらか一方を選ぶしかない。

 それには必然的にどちらかを傷つけたり裏切ったりし続けることになる。
 そういう意味でも早く答えを見つけるべきだ。

(だけど……それには結局、関わってくしかないんだよね)

 ふたりと接して本質を見極める以外に見抜く(すべ)がない。

 ひとまずは愛沢くんとの時間も作るべきだ。
 色々と探れるチャンスかもしれない。

「うん、帰ろ」

 そう笑い返すと、愛沢くんの動きが一瞬止まった。

(何だろう……?)
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