嘘と恋とシンデレラ
「……可愛いな」
ぽつりとこぼされた一言はあまりに予想外なもので、理解が数秒遅れた。
「えっ?」
「あ、いや」
愛沢くん自身も意図していなかったのか、はっとしたように慌てて口元に手をやる。
「俺はその……ただ、またそうやって笑ってるとこ見られてよかった、って言いたかっただけで」
もごもごと口ごもる彼の頬は赤く、思わずくすりと笑ってしまう。
「……笑うなよ」
「ごめん、でも何か……ふふ」
いい意味で、愛沢くんに対する印象が変わった。
もっと怖い人かと思っていたけれど、正直なのに素直じゃないだけだったみたい。
「ばーか」
照れ隠しのようにわたしの頭に手を伸ばし、くしゃりと髪をかき混ぜる。
「……っ!」
一瞬、なぜか身体が強張った。
反射的に首をすくめたまま後ずさると、警戒するように力が入ってしまう。
(わたし……)
自分自身の反応に混乱した。
心臓が早鐘を打っている。
近い距離感に戸惑ったというよりも、怯んだみたいだった。
「あー、ごめん。怪我してるんだったな」
「え……ううん、大丈夫」
愛沢くんはすぐに手を引っ込める。
苦く笑ったものの、狼狽を隠せない。
わたし、どうしたんだろう?
愛沢くんの言う通り、額に怪我をしているから触れられることに抵抗感を覚えた?
彼はそう納得しているようだけれど、自分ではそうは思えなかった。
傷そのものより、わたし自身を庇おうとした。
怖い、と咄嗟に思ってしまった。
愛沢くんの手が伸びてきたとき、なぜか衝撃と痛みを覚悟したのだ。
ふと、身体に残っていた痣を思い出す。
(まさか────そんなはずない、よね?)
でも、もしかしたら。
彼に与えられてきた痛みを身体は覚えていて、咄嗟に防衛本能が働いたのかも。
そうだとしたら、可能性がないとは言いきれない。
以前のわたしは、愛沢くんから暴力を振るわれていたのかもしれなかった。
思わぬところで辿り着いた可能性はあまりに不穏で、刺すような緊張感が存在を増し始める。
何となく愛沢くんの隣に並ぶことにさえ臆してしまい、神経を尖らせながら少し後ろを歩いた。
「!」
階段へさしかかる手前で、星野くんの姿を見つけた。
彼も気が付いたらしく、わたしたちを見ると一瞬動揺したような表情を浮かべる。