嘘と恋とシンデレラ
その声にはっとして、金縛りが解けた。
愛沢くんともどもそちらを向く。
「星野くん……」
そこにいた彼はわたしと愛沢くんをそれぞれ見比べ、怪訝そうな表情をたたえている。
不穏な空気を察してか、歩み寄ってくるなり愛沢くんの手を振り払った。
庇うようにわたしの前に立つ。
「どういうつもり?」
温和な普段の様子からは想像もつかないような、苛立った低い声だった。
本当はいつその矛先が自分に向いたっておかしくない。
睨まれても愛沢くんに怯んだ様子はなく、むしろ嘲るようにせせら笑った。
「……どうもこうもないだろ。俺の女に何しようが、お前に口出しされる筋合いなんかねぇよ」
ぐい、と手を引っ張られ、愛沢くんの方へ身体が傾く。
「なぁ?」
肩に手を回され、間近で目が合った。
覗き込んでくる彼の瞳に先ほどのような気弱さはなく、いつも通り自信に満ちた色をしている。
「……こころ」
星野くんの声色はひどく優しかった。
労るような眼差しから、わたしを気遣ってくれていることが痛いほど分かる。
だけど今は責められているような気もした。
あるいは、愛沢くんの言葉にわたしが頷かないよう阻んだのかもしれない。
「わ、たし……」
最適解が分からなかった。
ふたりの、いやそれぞれの望むところは分かるけれど、選べないでいる。
容易に出せる結論じゃなかった。
避け続けることはできないと分かっていても。
ふと、そのうち愛沢くんの瞳が鋭くなった。
射るような視線を寄越され、ぞくりとおののいてしまう。
「……何だよ。迷うことなんかないだろ」
「やめなよ、そうやってこころのこと追い詰めるの」
その言葉に舌打ちした愛沢くんは顔を上げた。
星野くんを睨めつけ「あー、本当ムカつく」と吐き捨てる。
ため息をつき、一度天を仰いだ。
ぶつけようのない怒りを全身で吸収しているみたいに見えた。
視線を戻した彼は、わたしから離れて星野くんに詰め寄る。
「偉そうに。彼氏面すんなよ」
「……そっちこそ。こころを困らせるのはやめてくれる?」
お互いに主張を譲る気はまったくないようだ。
ぴり、とますます空気が尖っていく。
「……っ」
(苦しい)
何だか酸素が薄くなったみたい。
息を吸っても足りるほど取り込めない。
いつの間にか両手が震えていた。
怖いとか嫌だとか、明確に名前のある感情を覚えたわけじゃなくて、そういう負の部分を凝縮した気持ちが意識を満たしていた。
そのとき、眉を寄せた愛沢くんが勢いよく彼の胸ぐらを掴んだ。
「黙れ。お前にこころの何が分かんだよ」
「だから僕は────」
「もうやめて……!」
たまらなくなって、気付けば叫ぶように放っていた。
心臓が弾けるほど強く速く打つ。
呆気にとられた様子のふたりだったけれど、徐々に我に返った愛沢くんは星野くんから手を離す。
「こころ……」
何か言いたげに口を開いた彼の言葉を待たずして、わたしは後ずさった。
もうたくさんだ。聞いていられない。
踵を返すと、そのまま弾かれたように駆け出す。
息が苦しくて、肌がひりつくような、この場の空気感に、これ以上耐えられそうもない。
「こころ!」