嘘と恋とシンデレラ

 逃げ出したくなった。
 ふたりからも、わたしに()せられた選択からも。

 土地勘がなくなってしまったのだから、あまり遠くへ行くと戻れなくなるかもしれない。

 頭の片隅にいた冷静なわたしがそう制したものの、今はとにかくここから遠ざかりたい。
 その衝動に抗えなかった。

 心臓がばくばくと跳ねている。
 恐怖や動揺が混在(こんざい)していた。

 出来ればもう少し時間をかけながら慎重に考えて、思い出す努力をしていきたい……と思う。

 しかし状況がそれを許してくれない。
 ふたりは、少なくとも愛沢くんは待ってくれない。

 病室で目覚めたときのまっさらな状態から、少しずつ自分に関する情報を得て、日常を取り戻し始めて。

 そうやってわたしの中では少しずつでも進んでいるけれど、そんな変化は表面には現れない。
 だからこそ彼らには伝わらない。

 しかし、辿り着いた可能性や憶測を不用意(ふようい)に口に出すわけにもいかない。
 信じられる存在かどうか判断がつかないから。

 そのせいで、ただふたりを振り回しているようにしか見えないだろう。

(ごめん……)

 わたしが記憶をなくしさえしなければ、こんなことにはならなかったのに。



     ◇



 行き着いた先は緑に囲まれた小さな公園だった。

 遊具はなく、葉の茂った枝を広げる木と()せたベンチだけがある。
 周囲を低木が取り囲んでいた。

(ここ……)

 知らない場所のはずなのに、初めてではない感覚がする。

(もしかして、来たことあるのかな?)

 そんなことを考えながら、呼吸を整えつつ力なくベンチに腰を下ろした。
 ついたため息は深くなる。

「もう……分かんないよ」

 思わず呟く。
 わたしの空白部分は、一向に埋まる気配がない。

 日常は(まわ)っていく。
 以前の自分を知れないままでも、わたしはここで生きていかなくちゃならない。

(嫌でも焦る)

 “忘れている”という事実そのものが、わたしを追い立て鈍らせるから。

 呼び起こされた警戒心や危機感に急かされる。
 自分のためにも、彼らのためにも、早く思い出さなきゃ。

 ふたりの存在が脳裏(のうり)を掠めていく。

(だけど、率直に今思うのは……)

 愛沢くん────彼のことはやっぱり、何だか怖くて苦手だということ。

 星野くんが本物だったらいいのに。
 これまでの流れから、そんな気持ちが相対(そうたい)的に強まっていく。

「そうだ」

 唐突(とうとつ)にひらめくものがあった。
 はっと顔を上げる。

(スマホに何か手がかりがあるかも)

 どうして今まで気付かなかったんだろう。

 思い至ってしまえば、むしろそちらの方が不思議でならない。

 気が()いてしまうのを抑えながらスマホを取り出し、まずはアルバムを開いてみた。

「え……?」
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