嘘と恋とシンデレラ

 それが愛沢くんを指すことは自明(じめい)だ。

 一方はわたしの元彼。
 そこまではわたしも既に分かっているから、特別驚きもない。

「もしかしたらもう薄々感じてるかもしれないけど、あいつ……ひどい暴力彼氏だったんだよ」

「!」

 一気に信憑性(しんぴょうせい)が増した。
 わたしが導き出した推測と重なっている。

「僕はずっとその相談に乗ってて。……大変だったけど、何とかあいつと別れられたこころは、そのあと僕と付き合うようになった」

 何となく想像に(かた)くない。

 そういうことなら、わたしが愛沢くんと別れて星野くんの手を取った理由も分かる。
 そうした心の流れは自然な気がする。

「だけど別れてからもあいつ、ずっとこころに執着してて」

 一度俯いた彼は感情を押し込めるように唇を噛み、それから顔を上げた。
 その瞳はわたしの額の怪我を(とら)えている。

「たぶん、それはあいつにやられたんだと思う」

「え……」

「あの日、きみは僕のところに逃げてきて“助けて”って。頭から血を流して、そのまま意識を失って────」

 星野くんはそれ以上、(げん)(つむ)ごうとはしなかった。
 綺麗な顔にさした影はさっきよりも濃くなっている。

 聞き終えると、わたしは思い出したように息を吸う。
 あまりに集中して聞き入っていて、呼吸すら忘れていた。

 どく、どく、と心臓が油断のない音を立てる。

(本当なの……?)

 つい信じる方へと傾きかける。

 彼の話も態度もそれくらい(しん)に迫っていて、そのひたむきさを疑いたくなくて。

(でも)

 一見、筋が通っているように思えるけれど、どうしても腑に落ちない部分があった。

 最初の口ぶりでは、わたしが額を怪我したとき、彼もその場にいたようだった。
 あの言い方からはそういう印象を受けた。

 しかも星野くんの言い分では、わたしがどのタイミングで記憶をなくしたのか分からない。

(何より、わたしは歩道橋の下にいたはずじゃ……?)

 先生の見立ては、額を怪我したあとに階段から転落した、というものだった気がする。

 星野くんの説明との齟齬(そご)を無視出来ない。

 もっとも“目の前で意識を失ったわたしがそのまま病院へ搬送された”とは、彼は一言も言っていない。

 だから、もしかしたらそのあと目覚めたわたしが朦朧(もうろう)としていて、誤って歩道橋から転落する事故が起きたのかもしれない。

 それなら説明がつかないこともないだろうけれど……。

 何だか、星野くんの話は時系列やタイミングが曖昧(あいまい)な気がする。
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