嘘と恋とシンデレラ
いい予感なんてまるでしなくて、取り返そうと必死で手を伸ばす。
さっと避けてなおも操作を続けた愛沢くんは、それが済むと荒々しい手つきでスマホを差し出してきた。
「俺以外の男と連絡取んな」
その言葉に慌ててメッセージアプリを確認すると、星野くんのアカウントとトーク履歴が削除されていた。
「な……」
あんまりだ。
抗議しようと口を開きかけたものの、その前に再びスマホを奪われる。
「あ、そうだ。忘れてた」
「ちょっと、返してよ!」
これ以上何をするつもりなのだろう。
愛沢くんはわたしの意思など微塵も顧みない。
けれど、悪気もまったくなさそうだった。
そんな様子を目の当たりにして、身体から力が抜けていく。
怒りを通り越して、むしろ温度が低くなった。
「……何なの。彼氏でもないくせに」
思わずそうこぼすと、がっといきなり髪を掴まれる。
「痛……っ」
「彼氏。……だろ?」
ぞく、と背筋が凍える。
あまりに鋭い眼差しと声色はわたしに有無を言わせない。
今までで一番、怖いくらいに威圧的だ。
それ以外の真実なんて認めない。
そんな強い意思が窺える。
心臓がばくばくと早鐘を打っていた。
それ以上何かを言う気力はさすがに湧いてこない。
はっと我に返った愛沢くんが力を緩め、わたしの髪から手を離す。
「あ……ごめん。痛かったよな」
「…………」
「本当ごめんな。俺、そんなつもりじゃなくて」
焦ったように言った彼は申し訳なさそうに眉を下げた。
乱れたわたしの髪を指で優しく梳き下ろしながら整えてくれる。
(……じゃあ、どういうつもりだったの?)
なんて聞けるわけもなく、大人しく口を噤む。
感情が高ぶると制御出来なくなる?
それともわざと“恐怖”と“優しさ”に起伏をつけて接している?
愛沢くんが分からなくなった。
1秒先が読めないから、一緒にいても全然気が抜けない。
「……大丈夫。わたしもごめんね」
そうやって笑い返し、どうにか自分を守るので精一杯だ。
強張った頬は引きつり、冷や汗をかくほど肌寒かった。
彼がもともとこうなのか、わたしが記憶をなくした一件を経てこうなったのかは分からないけれど。
どちらにしても下手に抗ったり否定したりして刺激するべきではないだろう。
波立てて手がつけられなくなったら恐ろしい。