嘘と恋とシンデレラ
言い終える前に彼の表情が曇った。
「……ああ、あいつにやられたんだろ?」
露骨に嫌な顔をして侮蔑や嫌悪感を滲ませる。
それが星野くんを指していることは聞かずとも明白だ。
分かっていたけれど、やはり星野くんの言い分と矛盾した。
愛沢くんは彼を疑っているみたいだ。
「どういうこと?」
あえて尋ね、もう少し掘り下げてみる。
「…………」
彼は険しい顔で口端を結び、少しばかり黙った。
その間、時が止まったかのように瞬きや息さえ止めていたように思う。
ややあってその視線がふらりと逸れると、彼はぽつりと口を開く。
「お前はあいつと付き合ってたんだよ。けど、暴力振るわれててさ」
はっとした。
聞き覚えのある話だ。
「俺が間に入ってどうにか別れられたんだけど、あいつしつこくて……。そのあとこころが俺と付き合ったって知ってキレたんだろ」
「え……?」
「それが許せなくて、あいつはお前を殴った。それで突き落とした」
息を呑む。
重たげに心臓が脈打つ。
流れとしては概ね同じだけれど、さすがに最後の部分は違っていた。
混乱してしまう。でも頭は冷静なものだった。
彼の言葉をひとつずつ咀嚼する。
言っていることは理解出来るし、一見して矛盾もない気がする。
(でも、何で分かるの?)
病室でずっと付き添ってくれていたのは愛沢くん。
だけど、わたしが実際にそんな目に遭ったとして、どうして病院に運ばれたことを知っていたのだろう。
先生の反応からして、病院が連絡を入れたとは思えない。
(やっぱり、変……)
愛沢くんの言い分にもまた、無視出来ない違和感があるように思える。
そもそも彼はいったいいつから病室にいたのだろう?
しかも何だか、ことの一部始終についてまるで直接目にしたように鮮明で澱みない口調だった。
(“突き落とされた”なんて、そんなことわたしは一言も言ってないのに)
怪我のことも“傷”と言っただけで、どれを指すのか明言しなかった。
それなのに額のことだとすぐに分かったみたいだった。
速まる心音に胸の奥がざわめき出す。
ふたりのうちどちらかは信じられる存在、すなわちわたしの味方であるはず。
なのに、どうしてどちらも怪しく感じるのだろう。
「……そんな不安そうな顔すんなって」
星野くんに対して苛立ちを募らせていた愛沢くんだったけれど、ややあって力を抜いた。
そう強気に笑いかけてくれる。
「もう大丈夫だ。俺が守ってやるから」