嘘と恋とシンデレラ
     ◇



 窓の外は夜に染まり、静かな時間が流れていた。

 だけどその静けさに身を(ゆだ)ねられるほど、わたしの感情は落ち着いていない。

(うーん……)

 ぽす、と自室のベッドに腰を下ろす。
 ふたりから聞いた話を整理しようと考えを巡らせた。

『たぶん、それはあいつにやられたんだと思う』

『あの日、きみは僕のところに逃げてきて“助けて”って。頭から血を流して、そのまま意識を失って────』

 わたしが額を怪我したとき、本当はその場にいたようだったのに、改めて聞くと(にご)した星野くん。

『俺が間に入ってどうにか別れられたんだけど、あいつしつこくて……。こころが俺と付き合ったって知ってキレたんだろ』

『それが許せなくて、あいつはお前を殴った。それで突き落とされた』

 意識のない間ずっとわたしに張りついていて、その怪我の“瞬間”を克明(こくめい)に語っていた愛沢くん。

 そもそも対立している時点で、両方を信じるという選択肢はない。

 その点は最初からそうだ。
 どちらかは必ず嘘をついていて、わたしを騙して丸め込もうとしている。

 ふたりの話を聞き、どちらがより怪しいかと言えば、現段階では正直答えなんて出せない。

 いずれも引っかかりを覚えたのは確かだからだ。

 中でも特に気にかかっているのは、愛沢くんの口にした言葉。

「わたし、突き落とされた……?」

 階段から転落したのは、本当に誰かに突き落とされたからなのだろうか。

「!」

 そう思い至った瞬間、ずき、と頭が痛んだ。
 傷ではなく、内側に響くような重たい痛みが突き抜ける。

 砂を()いたみたいに不鮮明な光景が脳裏(のうり)をちらつき、そのたび焼けただれるような錯覚を覚えた。

(何これ……)

 ────夜、歩道橋の上に立っているわたし。

 どん、と背中に衝撃を感じると同時に身体が宙に浮いた。

 視界が反転したかと思うと、全身を打ちつけながら階段を転がり落ちていく────。

 ……その先のことは分からない。
 きっとそこで意識をなくしたのだ。

「……っ」

 震える呼吸を繰り返し、冷たくなった指先を握り締める。

 不確かだけれど、恐らく想像なんかじゃない。
 今(よみがえ)ってきたのは、きっと失った記憶の断片(だんぺん)だろう。

「…………」

 星野くんか愛沢くん。
 わたしは本当に、どちらかに階段から突き落とされた?
< 41 / 152 >

この作品をシェア

pagetop