嘘と恋とシンデレラ

 心の内がざわざわと吹き荒れていた。

 最低な態度をとってしまったのではないか、と湧き上がった後悔が胸を締めつけてくる。

 わたしを縛りつけようとする愛沢くんを、自分勝手な人だと思っていた。

 でも、わたしだって同じだったかもしれない。

 自分本位(ほんい)な理由で彼を拒もうとした。
 その真意も知らないまま、否定して(ないがし)ろにした。

 怒って当然だ。
 わたしが浅はかだった。

「はや────」

 ドアの向こうに呼びかけようとした瞬間、バコッ! と衝撃音が響いてきた。

 突然のことにびくりと肩が跳ねる。
 取っ手に伸ばしかけた手が止まった。

(なに……!?)

 騒々しく何かが転がったような音が続き、それから再び打撃音がした。
 ダン! と、ぶつかるような……。

(何の音? 何してるの?)

 心臓が激しく脈打ち、その場にいすくまる。
 意思とは関係なく身体が強張った。

 怯みそうになる気持ちを抑え、震える手でそっとドアを開けてみる。

「……っ」

 床に倒れるごみ箱と、壁に拳をつく愛沢くんの姿が目に入った。
 苛立ち混じりの忙しない呼吸を繰り返している。

(まさか────)

 恐ろしい想像が容易に出来てしまった。
 すくんだ脚から力が抜け、その場にへたり込んだ。

「あ……」

 そこでわたしの存在に気付いたらしい彼が壁から腕を下ろすと、それが合図だったかのようにその顔から毒気が抜けた。

 ゆったりと歩み寄ってくるのを、おののいたようにただ見つめる。

「……どうした? 大丈夫か?」

 何事もなかったみたいに、あまりに平然とした声色が逆に不気味なほどだった。

 しかし、差し伸べられた手を見て確信する。
 小指側の側面が真っ赤に染まっていたのだ。

(やっぱり、さっきの音は……)

 怒りに任せてものに当たったに違いない。
 ごみ箱を蹴飛ばし、壁を殴った。

 ぞっとした。
 それがいつ、わたしに向いてもおかしくないような気がして。

「……っ!」

「こころ!」

 彼の手を跳ね()け、必死で立ち上がった。
 おぼつかない足取りでどうにか家を飛び出す。

(あれが愛沢くんの本性なの……?)

 肌が粟立(あわだ)ち、息が切れる。
 感情がぐるぐる渦巻いて、未だに心音は激しいまま。

 何度考えてみたって、今度ばかりはどうしても肯定的な解釈なんて出来なかった。

 受け入れられない。
 怖い。

 そう思ってしまうわたしがおかしいのだろうか?

 少なくとも今は、そんな防衛本能が間違っているとは思えなくなっていた。



     ◇



 それから数日。

 あのとき愛沢くんの家で衝撃的な姿を目の当たりにしたけれど、彼と過ごす日々は依然(いぜん)として変わっていない。

 恐怖が(まさ)って、むしろますます拒むことも避けることも出来なくなっていた。

 朝も帰りも休み時間も、ひとときとして彼はわたしを放そうとしない。
 特に辛いのは放課後だ。

 愛沢くんの家で過ごすことを()いられ、わたしは常に戦々恐々(せんせんきょうきょう)としていた。

 周囲の目がないからか、それともあの日一度わたしに本性を晒したからか、愛沢くんはそれを隠そうともしなくなった。

 気に入らなければものに当たって脅したり、高圧(こうあつ)的な態度をとったりと、とにかく自分の思い通りにしようとする。

 直接の暴力がないことがせめてもの幸いだった。
 だけど、いつまでもつか分からない。

 もしかしたら、時間の問題かもしれない。
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