嘘と恋とシンデレラ

 愛沢くんの親が帰ってくる少し前には解放されるのだけれど、家に帰ってからもわたしに安息(あんそく)はなかった。

「……!」

 スマホが震える。
 自室に鞄を置いてから、恐る恐る開いた。

【家着いたか?】

 彼から頻繁(ひんぱん)に届くメッセージ。
 どれも5分以内に返信しなければ機嫌を損ねてしまう。

【今着いたよ!】

 こちらの都合などお構いなしの愛沢くんは、深夜にいきなり電話をかけてくることもある。

 わたしは彼が眠るまで、常に気を張っていなければならなかった。



 ────とっくに日付をまたいだ夜更(よふ)け。

 ようやく愛沢くんからの返信が途絶えた。
 わたしは深々とため息をつく。

(疲れた……)

 精神をすり減らし怯えながら過ごす毎日。
 記憶のことなんて気にかけている余裕もない。

 こんなにも自分を犠牲にして、どうして彼のそばにいなければならないのだろう?

 今甘んじて大人しくしているのは、愛沢くんから直接暴力を振るわれることを恐れているから、というだけだ。
 そこに彼への想いなんてひとかけらもない。

 四六時中、監視されている状態といっても過言ではなかった。
 逃げようにも逃げられない。

(もう嫌……)

 鬱々(うつうつ)と息苦しくなるたび、思い出すのは星野くんのことだった。

 彼ならこんなことはしないだろう。
 わたしを追い詰めるようなことは、絶対に。

 どうして、こんなことになってしまったのだろう?

 今のわたしなら迷わず星野くんを選ぶ。
 その選択に後悔なんてないはずだ。

「まだ、間に合うかな……」

 彼に会いたい。
 その手を取ったら、救ってくれるだろうか。

 わたしは机の引き出しから護身用のカッターナイフを取り出し、家を飛び出した。



『辛くなったらまたいつでも逃げておいで。こころのよりどころは僕が守っておくから』

 そう言ってくれたけれど、こんな時間にいるわけがない。
 分かっている。
 それでも、いても立ってもいられない。

 わたしは必死に駆け抜けた。
 今からでも遅くないと信じて────。
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