嘘と恋とシンデレラ
じゃり、と靴裏が砂粒を弾く。
ぼんやりとした外灯の明かりが、ベンチに人影を浮かび上がらせているのが見えた。
ぱっと白い液晶の光が消える。
「……うそ」
小さく呟く。
思わず本音がこぼれた。
「響也くん……?」
わたしの願望が生み出した、夢か幻かと思った。
でも、瞬いても消えたりしない。
「どうしたの」
彼はスマホをしまいながら、わたしの方へ歩み寄ってくる。
こんな時間にここにいること自体は、大したことでも何でもないようだった。
「そんなもの持って……」
わたしの握り締めるカッターナイフを見やり、困惑を顕にする。
そう言われてようやく、必要以上に込めていた力が抜けた。
「これは……万が一に備えて」
もしかしたら愛沢くんがどこかで見張っているかもしれない、という警戒心からだった。
ありえないことではないと、彼の執念深さを知った今なら思う。
本当は今この瞬間もそばに潜んでいて、わたしたちを嘲笑っていたらどうしよう。
そう思うと足がすくむ。
きっと今度こそ、直接の暴力を振るう引き金になりうるだろう。
「!」
遠慮がちに頬に触れられ、はっと我に返る。
「……心配してた。連絡もつかなくなって」
それでも愛沢くんに阻まれ、わたしに近づくことさえ出来なかったのだろう。
わたしがそうだったように、彼もそうだった。
優しい星野くんは、無理に関わってわたしに累が及ぶことを危惧していたのだと思う。
実際、隼人の箍はもう外れる寸前のところまで来ている。
それで諦めざるを得なかったんだ。
(ぜんぶ愛沢くんの思惑通りに……)
「ごめん、わたし────」
「大丈夫。言わなくても分かってる」
指先のあたたかい体温が頬から伝わってきた。
心が震えて、目の前がゆらりと揺れる。
「守れなくてごめんね」
呼吸が詰まった。
考えるより先に身体が動く。
つんのめるように一歩踏み出し、その胸に倒れ込んだ。
必死でしがみつく。
「……っ」
ぽろ、と涙がこぼれ落ちる。
内側に蓄積していた重く暗い感情があふれ出ていくようだった。
荒んで傷だらけになった心に彼の思いやりが染みていく。
一瞬戸惑うような間があったあと、星野くんが背中に手を添えてくれる。
「大丈夫だよ。泣かないで、こころ」
彼の腕の中におさまると、安心感に包まれていっそう涙が止まらなくなった。
優しさを求めてしまうのは、わたしが弱いせい?
理解を望んでしまうのは、わたしの単なる甘え?
何だっていい。
何だって構わない。
「……助けて……」
震える声で言う。本心が口をついて出た。
追い詰められてようやく分かった。
今のわたしに必要なのは星野くんだ。
前を歩いて引っ張ってくれる強さより、歩幅を合わせて隣を歩いてくれる優しさを求めている。