嘘と恋とシンデレラ
とはいえ、ああして彼の助けを拒んだ以上、愛沢くんと過ごす日々を選んだも同然だろう。
だけど、いつまでもそれに甘んじてはいられない。
脅威と共存していくなんて耐えられない。
(結局、愛沢くんに対しては自分ひとりの力で戦うしかないのかな……)
星野くんを頼れば本当に何とかしてくれると思うけれど。
そこまで考えたとき、光るカッターナイフの刃が蘇る。
彼の白い頬が返り血で染まる様を想像して身震いした。
────あまりにも危険過ぎる。
星野くんも“普通”じゃないのかもしれない。
今夜彼と会えたことで救われた気になっていたけれど、考えてみればそれだって妙なものだ。
わたしがいつ来るか、そもそも現れるかどうかも分からないのにずっと公園で待っていた、ということになる。
凄まじい忍耐力だ。
愛沢くんに負けず劣らずの執念深さを持っているとも言える。
(ふたりのこと、よく見ておかなきゃ……)
ちゃんと知らなきゃ。
わたしにはまだ、表面のうちのほんの一部分しか見えていなかった。
出来ることは限られていても、自力で立ち向かっていくしかない。
思い知った。
彼らのことをもっと掴むまでは、どちらにも肩入れするべきではない。
簡単に信じちゃだめだ。
◇
「こころ!」
翌日もわたしは変わらず愛沢くんと過ごしていた。
拒否権も選択肢もなくて、ただ流されるがままに。
「……隼人」
混み合う廊下を振り返ると、ジャージ姿の愛沢くんがいた。
「どこ行くんだよ」
「ちょっと、購買。甘いもの食べたくて」
「そっか、さっさと戻ってこいよ。俺も急いで着替えてくるから」
「うん……」
手を挙げて踵を返す彼を見送る。
否応なくわたしの行動は、愛沢くんの意ひとつに左右された。
学校ではやっぱり星野くんと接するタイミングなんてない。
もっとよく知るためには彼とも話す必要があるのに。
夜中、また公園へ行けば会えるのかもしれないけれど。
それではお互いに正気で対等に接せられる保証はなかった。
(ちょっと……会うのも怖くなっちゃったし)
奥に秘めた狂気のようなものを垣間見て、正直怯んだ部分があった。
(……やだな、わたし)
不意に、自分自身に嫌気がさした。
星野くんにしたって、愛沢くんにしたって、記憶を失ったわたしを心配して寄り添ってくれているのは確かなのに。
思わぬ一面に遭遇するとすぐに動揺して、そのたびに逃げ出したくなって。
自分の想像や理想と少しでもずれたら、その意外性に勝手に失望しているだけなんじゃないのかな。
それなら、わたしが感じている抵抗感も窮屈さも不安も何もかも、最初からお門違い……?
────購買から戻る途中、終始もやもやと考え込んでいた。
体育終わりの愛沢くんが着替えている間だけは、こうして考えに耽る余裕が生まれる。
わたしに与えられた、ほんのわずかな自由時間。
思わず息をつく。気は抜けないけれど。
「…………」
いつまで続くんだろう?
この日常と、わたしの我慢。
「……わ」
ぐい、と突然手を引かれ、身体が傾いた。
「えっ」
思わぬ出来事と相手につい驚きの声をこぼす。
しっ、と星野くんが唇の前で人差し指を立てた。
「来て」