嘘と恋とシンデレラ



 渡り廊下から校舎内に飛び込む。
 立ち止まっても、呼吸と心音が落ち着く気配はまるでない。

『僕と一緒に死ぬ?』

 衝撃的な星野くんの言葉が、頭の中で響くように蘇ってくる。

(何、言ってるの……?)

 わたしが浅はかだとか、弱いとか、そういう次元の話じゃない。
 この動揺と戸惑いは間違ってなんかいない。

 星野くんの感覚はやっぱり普通じゃないんだ。

 というか、ふたりともがそうなのかもしれない。
 ふたりともがある意味で“異常”なのかも。

 立ち塞がる絶望感で目の前が暗くなった気がした。

 星野くんが本物で、愛沢くんが偽物か。
 愛沢くんが本物で、星野くんが偽物か。

 どちらに転んでも、どちらの結論が正しくても、命の危険を感じる。

 あの執念深さだ。
 彼らからなんて、今さらきっと逃げられない。

「!」

 はっと直感的にひらめいた。

 以前のわたしは、現状から逃げたいのにどうしようもなくて、追い詰められたせいで記憶をなくしたのかもしれない。

 そうなっても結局、また追い詰められているけれど。

(どのみち……逃げられない)

 本質を見極め、真実を知ることが、身を守る唯一の手段なのではないだろうか。

 それなら、何がなんでも思い出すしかない。
 死にもの狂いでなくした記憶を取り戻さなきゃ。



「……いた」

 喧騒(けんそう)の中でもその声は霞まなかった。
 何より優先すべきものだと()り込まれているせいかもしれない。

「何してんの? こんなとこで」

 歩み寄ってくる愛沢くんの姿を認めた。
 わたしは慌ててカッターナイフを背に隠す。

「待ってんのに全然戻ってこないし」

「……ごめんね」

 星野くんのことは口に出来なかった。
 彼のためじゃなく、わたしのために。

「具合でも悪いの?」

「え?」

「何か顔色悪いけど」

 愛沢くんの手の甲が輪郭(りんかく)に触れた。
 ほんのりとあたたかい温度が染み込む。

「……熱はなさそうだな。大丈夫か?」

 いつになく優しげな態度にペースを乱されそうになりながらも、わたしはこくりと小さく頷いた。

(……違う)

 心の中でかぶりを振る。
 “いつになく”なんてことはない。

 強引な言動に気を取られて見落としていただけで、彼は最初から優しさも(あわ)せ持っていた。

 わたしの手を引くように前を歩きながらも、ちゃんと振り返って気にかけてくれていた。

(だけど────)

 ぎゅ、とカッターナイフを持つ手に力が込もる。
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