嘘と恋とシンデレラ
そうひやひやしていたけれど、それは杞憂だった。
疑っているわけでもないのだから、中身に意識が向くはずもない。
走って喉が渇いたのか、水を流し込むように一気に飲む愛沢くん。
一連の動作をつい慎重に目で追ってしまう。
(やった……)
あとは効果が現れるのを待つだけだ。
まだ安心は出来ない。これで終わりじゃない。
壁かけの時計を一瞥する。
昼休みが始まって既に5分近く経過している。
あと25分。
薬の効果が出るまで恐らく早くてあと10分、遅くて20分だ。最悪効かない可能性もある。
ひとまず様子を見ながらやり過ごすしかない。
────わたしは焦燥でそわそわと落ち着かないのをひた隠しにしながら、彼の望み通り幸せなふりを続けていた。
心は半分近く冷めて壊死しかけていたけれど、見抜かれることはなかった。
以前自分でも言っていたように彼は不器用で、わたしを見ているようで見ていない。
見られていない、という方がたぶん正しい。
だからこうやって足をすくわれる。
「でさ……」
不意に愛沢くんが言葉を切ってあくびをする。
揚々と話し続けていた声色が、だんだんふわふわと霞んだようになってきているのにわたしも気が付いていた。
「隼人、眠たい?」
「ん? んー……」
ぼんやりとしている彼は曖昧に答え、再び小さくあくびをした。
「うん……。何かめっちゃ眠いかもしんない」
「分かる、お昼はご飯食べるといつも眠くなるよね」
はやる気持ちをおさえ、肩をすくめて笑ってみせる。
時計を見やると、あれから15分が経っていた。
間違いなく薬の効果が現れたのだろう。
「あー、やばい……」
きっと猛烈に眠たいはずだ。
瞬きが重たくて、目を閉じたら一瞬で寝られるくらい。
「保健室で休んできたら?」
彼の肩に手を添えて促した。
いつになく素直に応じた愛沢くんは、緩慢とした気だるげな動きで立ち上がる。
「……そうする。またあとでな」
教室から出ていく姿を見送ると、わたしは高鳴る鼓動をおさえるように胸に手を当てた。
今さら指先が震えてきたけれど、ほっと息をつく。
ひとまず思惑通り、第一関門を突破した。
(急がなきゃ)
昼休みが終わるまであと10分を切っている。
猶予は少ない。チャイムが鳴るまでに戻らないと。
わたしも急ぎ足で廊下へ出ると、C組の教室へ駆け込んだ。
その姿を窓際に見つける。
「響也くん!」
友だちと談笑していた彼の手を引く。
「え……こころ?」
「来て」
全面的に戸惑いを顕にする星野くんは、わたしをまじまじと見て瞬いた。
だけど、細かく説明している時間も惜しくて、構わず踵を返す。
「どこ行くの? 大丈夫なの? あいつは────」
「聞きたいことがあるの」
背中に投げかけられるぜんぶの問いかけに答えないまま、決然と先に宣言しておいた。