嘘と恋とシンデレラ

 予想外の言葉だった。

 どき、と一度大きく跳ねた心臓は、そのあと加速の一途(いっと)を辿る。

 その想い自体は、知っていたと言えば知っていた。
 “恋人”だと言われた以上、それは前提となっていたから。

 だけど、こうしてはっきりと言葉にされると、またその意味や重みが変わって、現実のものとして受け止めることが出来た。

 他人事じゃなく、ちゃんとわたしの話なんだ。
 そんな実感が湧いてくる。

「信じて欲しい。本気で好きなんだよ」

 ゆらゆらと視線が彷徨(さまよ)ってしまう。

 簡単に信じないと決めたのに、ふとしたときに感情が理性を越えそうになる。

 とろけるほど甘い星野くんの想いに飲み込まれて。
 ……そうしたら負けなのに。

「こころのためなら何でも出来るって言ったのも本心。きみには誰より幸せでいて欲しいと思ってる」

「響也くん……」

 ぎゅう、とわたしを抱き締めるその腕に力が込められた。

 反対に声色には切なげな色が混ざる。溶けていく雪の結晶みたい。

「そのためだったら僕は、こころの王子になんてなれなくてもいい。道化師(ピエロ)でいい……」

 その言葉はほかのそれと同じように、すんなりと耳に浸透(しんとう)していかなかった。

 覚えた引っかかりに眉をひそめ、ほとんど無意識のうちにそっと彼を押し返す。

「……どういう意味?」

 (いぶか)しみながら見上げるけれど、星野くんは口を(つぐ)んだまま。

 ()しむようにわたしの双眸(そうぼう)を見つめ、柔らかく微笑むだけ。
 取り出したスマホで時刻を確かめてから言う。

「もう戻った方がいい。鐘が鳴るよ」

 それ以上何も口にする気はない、と言わんばかりの開き直った態度。
 食い下がっても無意味だと直感的に分かった。

 穏やかな眼差しは(いつく)しむようなのに、やんわりとした拒絶を示している。

 踏み込んで欲しくない一定のラインがある。
 その向こう側には、彼の隠している何かが潜んでいる。

「……分かった」

 消化不良ではあるけれど、一旦引き下がるほかに選択肢がない。

 “信じて”なんて言葉を鵜呑(うの)みには出来ないし、彼らの動きも読めないし。

 突き放されるからこそ、ある意味“秘密”が盾になってくれているのかもしれなかった。

 大人しく歩き出したわたしの背中に声がかけられる。

「ごめんね」

 はっとして思わず足を止めた。
 何に対する謝罪なんだろう。

 わたしが聞きたかったことを見透かしている?

 それとも何も答えられないこと自体を申し訳なく思っているの?

 謝るくらいなら隠さないで、本当のことを教えてくれればいいのに。

 そう出来ない理由は何なのだろう。
 どうして何も話してくれないのだろう。

 振り向けないでいると、彼は続けた。

「でも、忘れないで。僕はこころの味方だから」
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