嘘と恋とシンデレラ

 正直に打ち明けると、言葉を失った彼はわたしの目を覗き込むようにして見つめてきた。

 受けた衝撃の処理が追いつかないのか、真剣さを測っているのか、いずれにしろわたしも何も言えないで、ただその眼差しを受け止める。

「そっか……」

 ややあって、重たげな彼の声が場に落ちた。

 それからまた、沈黙が降ってくる。

 今度はこちらを見ないまま、彼は目を伏せていた。
 きっとどこにも焦点は合っていない。

 しばらく悲しそうに俯いていたけれど、やがて大きく息を吸うと、ぱっと顔を上げた。

「でもよかった、本当に。無事で」

 彼は一息で言いきる。
 そうやって、揺れて止まない感情にどうにか折り合いをつけたみたいだ。

 けれど、落胆(らくたん)を隠しきれていないようなやわい微笑みだった。

「…………」

 また心苦しくなった。
 そんな顔をさせてしまっているのが、わたしのせいだと分かるから。

 それでも彼は一言も責めたりしなかった。

 やるせなさをぶつけることも、もどかしさを(あらわ)にすることもなく、ひたむきにわたしに寄り添って不安を紛らわせてくれる。

(優しいな……)

 思わずそう感激していると、こちらに向ける彼の表情がちょっとだけ晴れた。

「あ、僕は星野(ほしの)響也だよ。最初にも少し言ったけど、きみの恋人」

 わたしの手を取り、指を絡ませるようにして握る。

 まっすぐな眼差しは真剣な雰囲気だけれど、どこか照れくさそうに口元を(ほころ)ばせていた。

(星野、くん……)

 整った顔立ちと甘い表情に見とれてしまいそう。

 (つや)やかで柔らかそうな髪も、色白でしなやかなのに(すじ)張っていて男の子らしい手も……何だか綺麗。

 カーテンの隙間からこぼれる夕日が頬を染めようとしていた。
 だけど熱に変わる前に、さっと冷静な自分が立ちはだかる。

(……でも、本当なのかな?)

 星野くんがわたしの恋人だと言うのなら、もうひとりの彼は何なのだろう。

 尋ねてみようと口を開きかけたものの、その前に彼が呟く。

「……怖かった。もう、不安で。あのときは本当にどうしようかと」

 視線を落とした星野くんを、訝しむように見つめてしまう。

「あのとき?」

 気付けばほとんど反射で聞き返していた。

「……何の話?」

 いったいいつの、どんなことだろう。

「それは、頭の────」

 彼はわたしの額を一瞥(いちべつ)し、(つむ)ぎかけた言葉を不自然に切った。

(頭の?)

 皮下血腫のことだろうか。
 保護用のガーゼに覆われている上に前髪で隠れているから、一見してどんなものか分かりづらいけれど。

 少し待ってみたものの、彼は口を噤んでしまい、続きを口にする気配はなかった。

「……ごめん」

 ややあって、するりと突然手がほどかれる。
 星野くんはそのまま立ち上がった。

「え?」

「今日は帰るね。ちょっと、頭と気持ちの整理がつかなくて」

 そんな、と思わず心の中でこぼす。

(このタイミングで急に……逃げるみたいに)

 彼はわたしと目を合わせないまま、素早く鞄を手にして扉の方へ向かう。
 どこか焦っているようにも見えた。

「ま、待って」

 慌てて呼びかけると、足を止めてくれる。
 しかし彼の様子は一貫していた。

「ごめんね、こころ」

 今はもうこれ以上、わたしと話す気はないみたい。

 ようやくこちらを向いてくれたと思ったら、眉を下げてそれだけ言い残し、病室から出ていってしまった。



 再びひとりになったわたしに、戸惑いと違和感がのしかかってくる。
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