嘘と恋とシンデレラ
第8話
お風呂から上がると、すぐに自室へ戻った。
自分を抱き締めるみたいにして両腕を掴み、力なくベッドに腰を下ろす。
身体に残っていた痣は徐々に薄くなって、擦り傷なんかは既にほとんど癒えていた。
でも、わたしの心に残る憂いは少しも消えない。
『……やっぱりやめておけばよかった。あんなこと』
『1回だけあんなことあったけどね』
彼らの言葉を反芻し、眉を寄せる。
“あんなこと”────ふたりともそう口にした。
同じことを指しているのだろうか。それとも別のこと?
聞きたいことだらけなのに、どちらも核心的なことは教えてくれない。
踏み込むことを許さない、確かな拒絶を受けた。
「……どうして?」
わたしの記憶が戻ると不都合なことがあるとでも言うのだろうか。
しかし、それはおかしい。
都合が悪くなるのは“元彼”だけであるはず。
本物の恋人は味方のはずだ。
なのに、なぜふたりともが隠しごとをしているのだろう?
◇
普段通りの生活を続けているお陰か、日常的な記憶はだんだんと回復しつつあった。
それから、幼少期の頃の思い出、家族や家のことも。
もともとは両親と3人暮らしだった。
けれど2年前に事故で亡くなり、わたしはひとりぼっちになったのだ。
一方、肝心なことはまだ思い出せない。
星野くんや愛沢くんのこと、そして最近のこともまったくもって蘇る気配がなかった。
記憶は一気にすべて戻るのではなく、こうやって徐々に、段階的に戻るものなんだ。
わたしだけがそうなのだろうか。
分からないけれど、ともかくそこは重要じゃない。
ふたりのことを思い出せなきゃ意味がないのだ。
────授業を進める先生の声が遠く霞んでいく。
険しい表情で目を落とすと、シャーペンを握る手に力が込もった。
いつかそのうち思い出すだろう、なんて悠長に構えていられないのは、正直命の危険を感じているからだ。
(怖くてたまらない……)
愛沢くんの言っていた通り、わたしはきっと階段から突き落とされた。
また、それとは別に皮下血腫があって、それは強く打ちつけたか何かで殴られた可能性がある。
「…………」
ふたりの本性やそれぞれの異常性を目の当たりにしてきて。
彼らは明かせない秘密を抱えていて。
ここまで来たらもう、そう疑うべきだ。
(どっちかは……わたしを殺そうとしてる?)