嘘と恋とシンデレラ

 どうしても星野くんの主張からは“突き落とされた”という部分に繋がらない気がする。

 そもそも彼の口からは“歩道橋”や“階段”という言葉が一切出てこなかった。

 意図的に隠したのかもしれない。
 そのせいで曖昧(あいまい)な説明になっていたのかも。

 いずれにしても星野くんの言っていたことが本当なら、通報してくれたのは彼だということになる。

 だとしたら、少なくともそのとき何があったのか、一部始終を教えてくれたっていいはずなのに。

 “歩道橋”だとか“階段”だとか、それらのワードが出てこない方がむしろ不自然だ。

 今思えば、わたしが最初に目覚めたときの状況も変だった。

 星野くん目線、暴力的なストーカーだと分かっている元彼(愛沢くん)をわたしの病室に入れるとは思えないのだ。普通なら。

 星野くんのいない隙を狙って愛沢くんが入り込んだのだとしたら、愛沢くんの存在に気が付いた瞬間にもっと感情的になるだろう。

 考えるほどに怪しくなってくる。
 芽生えた違和感が存在感を増し、絡みついて離れない。

(じゃあ……愛沢くんの言ってたことが本当だったの?)

 星野くんがわたしの元彼でストーカー?
 わたしは彼に突き落とされた?

「…………」

 眉を寄せて俯くと、心の中でかぶりを振る。

(だめだ、そもそも星野くんと“暴力”が結びつかない)

 紳士的で優しい彼。
 甘く微笑む姿ばかりが頭に浮かぶ。

(だけど……)

『終わらせてあげるよ、いつでも』

 思わず首に触れた。

 実際に絞められたわけではないのに、言いようのない息苦しさに見舞われる。
 優しさの影に潜む狂気が見え隠れしているのは確かだ。

 殺し自体には抵抗がなさそうだった。

 今はただ、爪を隠して大人しくしているだけだとでも言うのだろうか。

(わたしの信用を得た方が動きやすいから……?)

 わたしを殺したいのなら、ありえない可能性ではないのかもしれない。



 鬱々(うつうつ)とした重い気分から逃れるようにため息をつくと、何気なく窓の外に目をやった。
 校庭や校門までの道が見える。

 何とはなしに視線を彷徨(さまよ)わせていると、ずきっ、と不意に頭痛がした。

「……っ!」

 割れるように響く痛み。
 内側から(つち)殴打(おうだ)されているかのようだった。

 たまらず目を瞑ると、ざらついた不鮮明な映像が()ぎる。

(何、これ)

 目の前で振り上げられる何か。
 次の瞬間、衝撃を受けて目眩(めまい)を覚えたように視界が揺れる────。
< 63 / 152 >

この作品をシェア

pagetop