嘘と恋とシンデレラ
咄嗟に目を開け、額を押さえた。
ずきん、ずきん、と痣になったはずの傷が強く痛み出す。
まさか、今のは殴られた瞬間の記憶だろうか。
(あれ、何だったの? 金属バットとか……?)
振り上げられた何かの正体はそれかもしれない。
はっきり捉えられたわけではないものの、直感的にそう思い至ると、ぞくりと肌が粟立った。
「……っ、……は」
動揺のせいか、うまく息が吸えなくなる。
苦しい。
いくら吸い込んでも肺が膨らまない感覚。
「……こころ?」
異変に気がついた小鳥ちゃんが振り向いた。
わたしの手からシャーペンが転がり落ちる。
もがくように胸元を押さえた。
「こころ!」
「……っ」
ぎゅう、とブラウスにしわが寄り、リボンが潰れる。
まともに酸素を取り込めない。
呼吸の仕方を思い出せない。
(苦しい……)
息が出来ない。
「大丈夫!? 落ち着いて」
涙で目の前が滲んだ。
激しい心臓の音が間近で聞こえる。
「息吐いて、ゆっくり」
言われるがままにした。
頭がぼんやりして、周囲の音は自分の心音にかき消される。
「大丈夫だよ」
小鳥ちゃんが優しく背中をさすってくれたお陰で、だんだんと落ち着きを取り戻していく。
やっと空気が通り、呼吸が出来た。
「先生、保健室連れてきます」
「あ……ああ、うん。お願いね」
呆気に取られていたようだった先生が我に返る。
許可を得ると、小鳥ちゃんに連れられて廊下へ出た。
「ごめんね、ありがとう……」
背を支えながらゆっくりと歩いてくれる彼女を見て告げる。
思わぬ記憶が蘇ったとはいえ、まさか過呼吸になるなんて。
混乱したけれど、小鳥ちゃんのお陰で助かった。
「気にしないで。わたしもほら、授業サボれてラッキーだし」
いたずらっぽく笑うのを見て、つられて頬が緩む。
ありがたいと思うと同時にほっとしてもいた。
(よかった。小鳥ちゃん、変わらなくて)
愛沢くんが嫌な顔をするから、彼女と話すのは久しぶりのことになってしまっていた。
それでも以前と何ら変わらず接してくれた。
記憶をなくした当初、心細くてたまらなかったわたしに寄り添ってくれたみたいに。
小鳥ちゃんには感謝してもしきれない。
階段を下りて保健室に着くと、彼女は「失礼しまーす」と扉を開けた。
「あれ? 先生いないみたいだね」
「本当だ」
きょろきょろと室内を見回してみたものの、先生の姿は見当たらない。
けれど、ふたつあるベッドのうちひとつには先客がいるのかカーテンが引かれていた。