嘘と恋とシンデレラ

 思わず眉を寄せた。
 彼がそんな口止めみたいなことをしていたなんて。

「余計な、こと……」

「そう。まあ、たぶんこういうことだろうね」

 困ったように苦笑した小鳥ちゃんが肩をすくめる。

 星野くんに対する擁護(ようご)とか、愛沢くんへの非難とか、わたしが忘れた以前のこととか。

 きっとそれらが愛沢くんの言う“余計なこと”にあてはまるのだろう。

「もしかして、その傷も……」

 笑みを消した彼女は、はたと思いついたように言う。

「愛沢くんにやられたんじゃ────」

 そのとき、シャッと隣のベッドのカーテンが開いて言葉が遮られる。
 反射的にそちらを向き、思わず息を呑む。

「……俺が何したって?」

 あぐらをかき、その上に頬杖をついていた彼は、気だるげに腕を下ろした。

「は、隼人……」

 心臓がばくばくと早鐘(はやがね)を打った。
 驚愕に明け暮れる小鳥ちゃんは声すら出せないようだ。

「な、何でここに?」

「別にただのサボりだけど」

 淡々と答える愛沢くん。

 確かに彼はもともとサボりがちだったし、今も偶然居合わせたに過ぎないのだろう。

 だけど、会話を聞かれてしまったのは間違いない。
 無愛想で刺々(とげとげ)しい態度がその証拠だ。

「……お前さ、分かってんの?」

 ()るほど鋭い視線が小鳥ちゃんに向けられる。

「言ってくれたな。余計なこと」

 怒りを(たぎ)らせたような低い声に、ぞくりと背筋が冷えた。

 本当に愛沢くんが暴力をも(いと)わない凶暴な人物なら、彼女にまで(るい)が及ぶかもしれない。

(まずい)

 一心にわたしを案じてくれている彼女を巻き込んで、危ない目には遭わせられない。

「小鳥ちゃん……!」

「あ、わ、わたし、先生呼んでくる!」

 わたしの意図を察してくれた彼女が勢いよく立ち上がる。

 がたん、と後ろに倒れた丸椅子を起こす余裕もなく、慌ただしく保健室から飛び出していった。

「こころ」
< 67 / 152 >

この作品をシェア

pagetop