嘘と恋とシンデレラ

 相変わらず不機嫌そうな声色のまま呼ばれ、びくりとおののいてしまう。

「お前もあんなふうに思ってんのか?」

 愛沢くんが身体ごとこちらに向き直る。

「!」

 本能が危険信号を打ち鳴らし、わたしは弾かれたようにベッドから下りた。

「なあ」

 彼も床に足をつけると、悠然(ゆうぜん)と歩み寄ってくる。

 わたしは逃れるように慎重に後ずさった。
 ゆっくりとした動きなのに、それが逆に恐ろしい。

 狙いを定めた獲物を、着実に追い詰めているみたい。
 そのせいで逃げ出す隙を掴めない。

 とん、と背中に壁が触れた。

「あいつを信じるとか、俺が悪いとか……そう思ってんのかって聞いてんだよ!」

 愛沢くんはそばにあった花瓶を引っ掴み、勢いよくこちらに投げつけてきた。

「……っ」

 咄嗟に目を瞑り、顔を背ける。

 それは真横の壁にぶつかり、ぱりん! と甲高い音を立てて割れた。

 飛び散った破片(はへん)と水飛沫を浴びたわたしは、ただ恐れおののいたまま立ち尽くしていた。



「ちょっと、何してるの!?」

 ばたばたと響いてきた足音とともに先生が駆け込んできた。
 一緒にいた小鳥ちゃんがわたしのもとへ飛んでくる。

「こころ……!」

 それでも気が抜けなかった。
 脈打つ鼓動に息苦しさを覚えながら、いすくまってしまう。

「何があったの?」

「……何も。ちょっと目眩起こして花瓶割っちゃったみたいですよ」

 (いぶか)しむ先生に愛沢くんは平然とそう説明した。

 反論する気力も湧かない。
 たった今起こった出来事に圧倒されてしまう。

 血の気が引き、震えが止まらなかった。

(愛沢くん……)

 先ほどの小鳥ちゃんの言葉が真実味を帯びていく。
 やっぱり、彼が偽物なのだろうか────。

(わたしを殺そうとしてるのは愛沢くんなの?)

 ぴり、と頬に痛みが走った。

 触れてみると、指先が赤く染まる。
 破片で頬が切れてしまったみたいだ。

「……!」

 怯んだまま彼を見やると、彼は口端を持ち上げた。
 ざまあみろ、と言わんばかりに。
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