嘘と恋とシンデレラ
「……っ」
あと少しのところで、ずる、と靴裏が滑った。
突如として浮遊感に包まれ、息を呑む。
痛みを覚悟したけれど、代わりに訪れたのは柔らかい衝撃だった。
恐る恐る目を開けると、わたしは星野くんの腕の中にいた。
彼が抱きとめてくれたようだ。
「大丈夫?」
「あ、だ、大丈夫……!」
心臓が激しく脈打っていた。
落下する恐怖のせいか、彼のせいか分からない。
そっと離れた彼は何かを探すように周囲を見回す。
ほどなくして見つけたローファーを拾い上げると、わたしの正面に屈み込んだ。
(いつの間に)
まったく気付かなかったけれど、踏み外したときに靴が脱げていたようだった。
「ありがとう、響也くん」
礼を告げながら履くと、彼は何も言わずに立ち上がる。
「…………」
いつもは優しい微笑を絶やさないその顔が、なぜか曇ったままだった。
眉根に力を込め、固く口端を引き結んでいる。
憂いているようにも怒っているようにも見えた。
「響也くん……?」
不安になってその名を口にしたとき、さっと手を握られた。
そのまますたすたと歩き出す。
「えっ、ちょっと」
困惑したものの不思議と抵抗感は湧かなかった。
この手の温度もまた、わたしはちゃんと知っていたから。
愛沢くんとは全然違う温もり。
星野くんは手を繋ぐとき、あまり力を込めない。
優しくて繊細な感触だ。
わたしの方がちゃんと掴んでいないと消えちゃいそうなくらい。
雪の結晶みたいな、軽やかな羽根みたいな……そういう感じ。
「どこ行くの?」
「僕の家。……あいつに邪魔されないように」
やはり珍しく怒っているようだった。
そんな不安定な感情を体現するように、手に力が込められる。
びっくりした。
こんなに力が強かったなんて。
普段と違う彼の様子に気圧され、何も言えなくなったわたしは大人しく従った。
◇
星野くんの家はマンションだった。
その一室に入るとリビングに通される。
今は彼のほかに人の気配がしない。
掃除の行き届いた整然とした空間を、落ち着かない気持ちで見回す。
彼は何のためにわたしをここへ連れてきたのだろう?