嘘と恋とシンデレラ



「ごめんね、こころ。お待たせ」

「あ、ううん!」

 彼がふたつのティーカップを手にキッチンから戻ってきた。

「これ、こころが好きだった紅茶」

 そう言いながらテーブルの上に置くと、星野くんが柔らかく笑む。
 いつの間にか普段の調子を取り戻したようだ。

 火照(ほて)るティーカップから湯気と甘酸っぱさが香り立つ。
 それを手に取ると、確かめるようにひとくち含んだ。

「……美味しい」

「よかった」

 紅茶の味にも彼の笑顔にも何だかほっとして、わたしはもう少し(あお)る。

(これはチャンスかも)

 図らずも星野くんとの時間を確保出来た。

 今なら愛沢くんの目を気にすることも、チャイムに追い立てられることもない。

 色々と探りを入れる絶好の機会だ。
 引かれた一線の向こう側に踏み込めるかもしれない。

 こと、とカップをテーブルに戻す。

「わたし、前にもよくここに来てたの?」

「うん、そうだね。僕がこころの家に行くこともあったし。……けど、今はそんなことより────」

 そう答えた彼は一度立ち上がり、わたしのすぐ隣に腰を下ろした。
 ソファーが少し沈む。

「……!」

 驚いて星野くんを見ると、その手がわたしの頬に伸びてきた。
 もとい、頬に貼られた絆創膏に。

「保健室であったこと聞いたよ。平気なの?」

 恐らく小鳥ちゃんが話したのだと思う。
 遅かれ早かれ星野くんにも知れていただろうし、それは別に構わない。

 ただ、彼にも隙を見せないようにしないと。

「……大丈夫。全然何ともないから」

 咄嗟に笑みを浮かべてみせる。

 その瞬間、心痛(しんつう)の表情をたたえた星野くんに抱き締められた。

「僕の前では強がらなくていいよ」

 包み込むようなあたたかい温もりと優しい声。
 彼の手がわたしの頭を撫でる。

 気丈(きじょう)に振る舞ってみたけれど、簡単に見透かされてしまったみたいだ。

「痛かったよね。怖かったよね。ごめん……守れなくて」

 以前もそう言ってくれたことがあった。
 やっぱりそれが星野くんの本心?

(いいにおいがする……)

 ほのかに香る甘やかな彼のにおい。
 何だか馴染み深くさえ思える。

 それくらい、わたしたちの距離は近かった。
 なのに全体重をかけて寄りかかるには、少し遠くて寂しいような────。

「……わたしのこと好き?」
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